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2011年3月29日 (火)

春来る

少しずつ温かな日が続くようです
実家の母が食べなさいと持たせてくれたタッパーの中には
大好きなつくしの卵とじ
夜自宅に戻って器に移そうと移そうと…とつまんでつまんで結局食べてしまった
小さい頃から春のハウスのイチゴと土手のつくしは春の味
母と一緒に田んぼの土手を歩きながらビニール片手に摘んで摘んでは食べさせてもらったほろ苦くおいしい母の味
私達兄弟三人をいつも笑顔で鼻唄混じりにお腹一杯にしてくれた全て手作りのお母さんの味
いまだに私は母に甘える味が沢山ありすぎてしきりだけれど
それを覚えたいような覚えたくないような…
でも
台所から美味しい香りが漂うそんなお母さんにはなりたい

Dcim0069


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2011年3月22日 (火)

これからのこと~私なりの思い

東日本大地震から11日
日々克明になってくる現状といまだ発見されずにいる方々がいるのではないかと気も心も落ち着かない毎日です
余震も怖いけれど
毎日飛び込んでくる現状には
東北の方々を思えば・・と
せめて思いを分かち合えればと
何を言ってもきれいごとにしか感じられない自分自身がいるのも確か
葛藤の日々
沢山のボランティアの手が少しづつ被災の町に届き始めています
まだ十分ではないと言う声も聞こえてきたり・・

自分に何が出来るか
赤ちゃんをもつ今の私としては
大人の手を借りないではいられない小さな子供たちの事を思い
またそこについているお母さんたちの気持ちを思い
とにかく一人でも多くのお母さんと赤ちゃんに
少しの安堵感でもいいから届けてあげたい
毎日この報道をみていれば
自分の手で足でもてるだけのものを持って施したいのが誰もがの本音
でもそれは現場を滞らせることになるからと

あらゆる自治体
住んでいる場所の指導にのっとり気持ちを届けること
確かに
ボランティアの気持ちは継続と皆に平等にいきわたることが一番のことで
続けられなければせっかくの好意も逆で
自己満足になってしまうと思う

少しづつでもいいから
サポートし続けること
応急手当もとても大切だけれど
この先の憂いが少しでも軽くなるような世の中にしていかなければならないし
本当に必要なものもこれから沢山出てくるところまで思えること

東北の人々のことを忘れないこと
復興と笑顔をみれるその日まで
一緒に頑張ること
そうしなければ心は晴れていかない
昨日名古屋の仕事を終え品川の駅に到着したとき
駅舎は通常の3割以下の明かりの中(正直暗い)もくもくと家路を急ぐ皆さんの口からは暗いという一言も聞かれる事はなかった
自宅の最寄り駅は
駅前のスーパーの明かりが最小にとどまり閉店後より暗いの最小の明かりで営業
明るい東京を知っている人からはまるで
信じられないような暗さだし
ゴーストタウンのような風体
駅から自宅に戻るとき
後ろにいた若い男性が突然走り出したので
本当にびっくりした

でも
気をしっかり持たなければいけないのだ
今は
出来る事をして
出来る限りの協力を惜しまないこと
被災者の方のことを忘れずに毎日自分の仕事や生活をを精一杯がんばって日本を元気にすること

一人ひとりのこの気持ちこそが
今は何よりのボランティアの気持ちだと思う

前をみて
頑張る

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2011年3月17日 (木)

なんてことなのか…

近所のヨーカドーの前です人が溢れてあり得ない光景に唖然
買い占めは控えるようにとありましたが
久々にたった一枚入ったチラシいちまいでこの状態
どうなるんだろう
不安です
冷凍ものに頼らず手作り徹底しますDcim0030

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2011年3月14日 (月)

金曜日の事

先ずはこのたびの地震で被災をされた方々に
心よりのお見舞いを申し上げます
出来る限りの協力をさせていただく思いです
どうかどうか・・・


突然だった

洗面所で顔を洗っていたのだ
うつむいたときだったから
めまいがしたのかと思った
でも、違う
足元からゆれている
すぐさま長男を呼ぶと洗面所の扉につかまっている
下の息子はすやすやお昼ね中だったが
抱き上げて
上の息子の元へ戻った
強く弱く強く弱く
どんどん強くなってくる
バキバキッとありえない音がする
背の高いマンションなのだが
免震のせいで余計ゆれる事は承知の上だけれど
でも違う
ミシミシ・・バキッ
グラグラ
少し弱くなったところで
窓を開けに駆け寄ると
前の大きなファミリーレストランから人が駆け出してくる
違う
いつもと絶対違う
とにかく子供たちを守らなければ・・
と思うや否や
バンッと言って
電気と電話がいっぺんに切れた
まだゆれている
弱くなったところでも感じるのは震度3強
足元に揺れを感じながら
長男とともに
とりあえず家を出る支度をしだした
何よりよかったのは
息子が二人とも無事に手元にいた事だ
程なく夫から地震大丈夫か?とメール
その後携帯はどんなに発信してもお待ちくださいの画面ばかりで暗い家の中情報は絶たれてしまった
支度をしながら家の中を見回すと壁紙がよれて天井にひびが入っている
クロスがはがれそうに浮き壁のつなぎ目はほんの少しだが内側に盛り上がっている
天井に少し隙間ができて
白い粉がパラパラ
まだ新しいマンションだぞ?!
怖い!

揺れが引いた隙をみて
次男を抱き荷物を持ち息子は犬たちを二匹バックにいれて
玄関を出た
お隣の奥さんも出ていらして
天井の電球が割れたと
お互いに無事を確認し下へと

案の定
玄関の外のうち廊下は
真っ暗とはいえないものの
ほぼ日が沈んだ後の余韻のような夕闇迫る暗さ
さぁここから非常階段を使って一階まで降りるのだ
非常階段はもっと暗く
表向きにならないからだろうか冷たく質素で一段一段が高く感じる
15キロの子供をくくりつけているので足元は慎重に
長男をしっかり後ろにつけて
何かあれば受け止めるつもりで降りた
絶対に絶対に子供たちだけは守らなければならない
必ず夫に無事出会うのだと

降りながらこのマンションを決める時の夫とのやり取りが頭に浮かんだ
高層マンションに浮かれ住むならこの景色独り占めの高層階でしょうという私に一言
夫は
「お前、俺らがいないときに災害に見舞われて子供が置き去りになっていたらどうするんだ」
ハッとした
そうだ・・そのとおり
共働きの私たちは
長男に留守を頼む事は多々
増してや災害で水を運ぶとなったとき誰がこの非常階段を・・・
ライフラインでもある水を運ぶのだ
即却下して
低層階に決めた
それでも
長いこの階段を
40階以上の人はどうしたのだろうか
暗いから余計に長く感じる
一階のロビーに下りると
マンションの皆さんが一様に不安一杯の顔で
手に手に荷物
昼間の3時の地震だったからほとんどがお母さんと子供たちという組み合わせで
集まってきていた
私のように小さい子供を連れたお母さんもたくさん
しっかりと子供を抱き
この先どうなるかわからない体験した事のないような揺れを体験した恐怖で
知った顔を捜して
話し込んだ
壁にヒビ
下りてきた非常階段にもまっすぐにヒビがビシッと入っていたことも聞いた
いまどきのマンションはエントランスが豪華に作ってあるので
ガラス張りが多いのだけれど
とにかく
もしものことがあればガラスのシャワーを浴びる事になる
そのときまた
一階にいるのになおまだ揺れる揺れている
ここにいたら危ないと
皆マンションの外の広場へと出た
冷たく強い風が吹き
あんなに晴れていた空に暗雲が迫り雨がぱらついた
寒い
でも
傘など持っている人はいなく
外はパトカー救急車、消防車のサイレン
遠くの空には黒煙らしきものが見え
道を行く人はもう前しか見えていない様子で脇目も振らず歩いている
ヘリコプターが旋回している
現実なのか夢なのか受け止められない現状を受け止めるしかなかった

少し揺れが落ち着き再びマンション内へ
そのとき沢山のまま友達と顔を合わせられたことが何よりも心強かった
どんどん暮れる外の風景
暖房も電気もつかないロビーは寒く暗くなっていく
頼りは携帯の明かりだけ
蛍のように真っ暗なロビーに浮かび上がってこれまたみた事もない景色

でも停電
携帯のバッテリーに限界がある
そして大事な食料を買出しに皆近所のコンビニやスーパーに駆けつけていたらしい
聞けばスーパーは入場制限、コンビニのお弁当もパンもみんな売り切れ
私もと気にはなったが運よく私はその日の買い物を済ませていたので
その中から食べれるものを取り出して持ち出した
そしてもう夕食にカレーを朝から仕込んでおいたので
後はご飯さえスイッチを入れておけば・・・・・
アウト
ご飯のスイッチは夕方入れればよいとおもっていた
でも
本当にこういうことは起こり得るのだと
おじさんがスーパーの袋にパンパンの食料とろうそくと簡易トイレごっそり買い込んでいる姿をみて
ただただ驚いてしまった
もう両手に持てるだけといった感じで

でも何も無ければ私もそうなるかもしれない
というのも
こんなに早く登場するとは思わなかったけれど
昨年秋防災の日をきっかけに
非常持ち出し袋の中身を刷新していた
いらないかもと思っていたものまで入れて買ったので
少々重くなってしまったが
長男がたくましくも背負ってくれるほど成長していた
その中から今回便利だったものはラジオ付懐中電灯(手巻きで充電できるもの)
携帯電話もすごく役に立ったが
電波に制限が出て
ほとんど連絡が取れずしかも
電源に限りがある
予備バッテリーがあればいいが
これも予備充電用に便利で軽いものがドコモに売ってるので
参考にするといいかも
後はやはり口に入るもの
すぐ食べなくても無いと不安だし
心に降りかかるストレスを緩和してくれる役目もきっとある
子供がいれば尚更

さて真っ暗な中でも停電は6時間続いた

長男は寝てしまい興奮した次男は暗闇を歩き回っていたが危ないのでおんぶ
腰とひざが痛くてたまらない
しかも
寒い

揺れは前ほど感じなくなってきた
停電復旧の見込みは無いというマンションからの話を聞いた直後
ブゥウォン!という音とともに電気がついた
明かりが灯っただけでとてもホッとした

非常階段を伝い自宅に戻る間
地震というぬぐえない不安の中で
今回経験した事により色々な思いが残った

一度だけ停電中に揺れの合間をみて足りないものをとりに自宅に戻った
オムツが足りないと思ったのである
その時非常階段を前に驚いた
漆黒の闇なのである
目が慣れるなれないではない
補助電灯がほとんど無い内階段の非常階段に限界を感じたし
それ以上にマンションというものを考えたときの防災対策の充実はすごく重要だと思った
非常持ち出し袋と一緒である
あるかないか判らないものにいかに心配りをされているか?
もしものときの対応は?
大型のマンションならばAED
はあるか
見た目も住心地も大切だがマンションの管理側に私たち住人の命を尊重する設備はあるか
もしもこれから新たな家を探すときはその辺も参考にして欲しい

最後にまた
非常用持ち出し袋
絶対準備してください
あるかないかで気持ちの持ち様が全く違います
あれもこれもと持ち出すものを考えると重たくなってしまいますが
まずは基本何とか三日過ごせるものを最低限で支度
しまいこまないで玄関横のちょっとした物いれなんかに入れて家族で確認すること
赤ちゃんがいるならなくてはならないものを最低でも三日分
さて
次の日近所のスーパーを覗いてびっくり
お弁当、ごはんもの、パン類、スープ、インスタントラーメンの棚は全くの空
しかも
開店時間はいつもより三時間遅
都会の地震パニックはまだまだ続くと思います

・・・また余震
家族が一塊になりリビングで眠る日々
玄関に置いたままの持ち出し袋をしまう事はなさそうです

Dcim0025

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