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2008年10月30日 (木)

必要とされていること・・・それを意識すること

北日本では初雪のニュースを聞きました
そんな季節です



さて
関東は秋晴れのすっきりした天気
でも、外は肌寒く
窓越しの太陽を暖かいと思えるような季節になりました
我が家からほんの少しだけ見える富士山が顔をだし始めました

これも冬の始まりの証拠です
掛け布団の冬用を出した先日
お風呂の入浴剤をこれまた暖まる冬用に変え
お料理も体が温まるものを意識しだした今日この頃



こんな毎日の主婦の努力は
言わなければなかなか評価されることはありません



そう判っていたって

「いやぁ〜〜お布団が冬用になっていたね」

とか


「温まるものを有難う」


なんて
なかなか言ってくれるものではないし
それを期待してしている毎日の家事でもありません



でも、でも、でも、・・・
秋ならではのイベント目白押しに
(運動会やら作品展やら・・色々)
しかも季節の変わり目
母だって体の疲れが出て当たり前
どうにも抜けきらない疲れに違和感も覚えれば
眠れなかったり・・・寝たのに疲れて起きたり
なぜか皺なんかが激増するこれからの季節
世のお母さん達には体の疲れもさることながら
頭の疲れ
(これこそたまると大変・・余分な病気を引き起こします)
も意識してあげることは大事、先ず気持ちから
自分で自分を少しだけ癒してあげることができます
そこで一つ提案



「やってあげたのに・・」
でなく自分がやらせてもらったのだと思うこと


当たり前のようにいつも部屋の中が
綺麗になっていれば家族は文句をいません
そこで

「私がやってるからだ!」と不満に思うより
「私が保ってるから・・
(家族が不満を言わない)
(いさかいなく過ごせる)=自己満足と。」思うこと


私が・・私だけが・・の心根の元にはあんまり
相手からの心からの感謝の気持ちは
芽生えないのではないかと持論ながら思います
でも、出来ない時はまず寝るんです
昼間でも夜早くても
甘えることを躊躇しては駄目です
私がやらなきゃと思うのは休んだ後に
思えばいいと思っています



お母さんはいつも元気じゃありません、
疲れるし眠い
それを認めて休んであげてください
時間的にそれが不可能でも
追い詰められないように



今日の私も出掛ける時間までに
お弁当、洗濯、風呂掃除、クリーニング・・
息つくまもなく飛び出した我が家
風呂はバスタブしか洗えなかった
でも頑張った
ハンドクリームを塗りこみながら行きの電車で思ったのは

「何で私だけ大変?」ではなく


「私がいなけりゃどうなる??」のこの気持ちが大きい
だからがんばってるお母さんは少し気持ちを穏やかに
せめて自分をかけがえのない人物だと思ってください



いやいや家事をこなすより
自分の達成感のためにしていると思うことや
夕食を美味しいと言ってくれた瞬間に

「よし!」と思うこと


自分の存在感に喜びを覚えてあげてください
数倍家事が楽しくなります



これから乾燥が厳しくなります
肌には保湿
綺麗なお母さんにも。。。抜かりなく
特別なことはいりません
夏場より多めに化粧水を叩き込むことです
乾いたなと思えばそれを意識してあげることで
体は反応します



自分を甘やかしてあげてくださいね

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2008年10月28日 (火)

底力

私たち家族を支え、集めるものは「食」
ここが一番
揃える日は揃って
別に特別のものを食べる訳ではないけれど

それこそ
ほんの野菜炒めでも
皆で一つの皿をつつき
食が細いなと思えば
家族の皿に取りやり
調子の悪そうに見える者や
食がいつもより細ければ
声を掛け合う



言われる当人にとっては
例え家族であれ
そんな気分でない時がある
でも家族
心配、思いが
あってこその家族
このおっかけっこはこれかも
息子が結婚するまで続くかもしれない
(長い)


と思ってしまうのも


昨日、今日と夫と私の両親とにそれぞれ会える機会があり
愛と温かさを泣けるくらい身に沁みて感じたからである



私が夫の両親に感謝していることは食に関して
「好き嫌いなく育ててくれたこと」
である


夫は家のことを何もしないが
出された物に文句を言うことも残すこともない



と、いうのも
私の母は田舎の山育ちで山菜などの苦味、
独特の香りのある旬の野菜をたくさん味あわせてくれた
そのせいもあり私は季節のしかも山の味が大好きだ



季節を感じ
故郷思い、母を思う
都会では中々手に入らないが

春には蕨や土筆やせりを夏には山椒やみょうが
秋にはきのこ類イモ類で八頭にズイキを食べたいと思う
私は好んでそれを手に入れ母譲りの料理法で食卓に上げてきた



夫はこの全てを自分のお母さんに伝えてもらってきていた
何を出しても驚かないばかりか率先して手を出す



夫の実家に遊びに行けば
こんな料理法もあったのかと
改めて開眼し
ずうずうしくも

「お母さんそれもって帰っていい?」
なんてタッパー持参の有様だ



夫の食はやわらかく
私が作った私が夫や息子の体を考えてプラス旬の物
ざくざく、ばくばく、むしゃむしゃ、ごっくんと食べてくれる
日々の一緒にいる時間の場合
98パーセント以上が間違いなく家食の私たちにとって

(外食が多いから家で食べたいのだ。お互い)

一日の終わりの夕食に関してはお互いに見えないこだわりがあるが
相手の息の、手の、かかったものが一番美味しいことを知っている



さて今夜
思わぬところでお互いの父、母が持たせてくれた
美味しい物が夕食に並んだ

料理というか思い出の味


我が父母が持たせてくれたのは
私の小さな頃からの味
名古屋の

「長命うどん」
うどんは玉で買い、汁を別、てんぷらをお好みでチョイス
新幹線で東京にもって帰ると言うと袋を二重に頑丈にしてくれた


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これが長命うどん
おだしの色は濃く見えますが
しょっぱくなどなく飲み干せる美味しさ



これは小さな頃父がよく私たちに食べさせてくれた
地元自慢の体が舌が覚えてる出汁のおうどん
お店で食べても持ち帰って温めて食べても
出汁の香りの香ばしいうどん
今日名古屋での仕事帰りに
父母とたまの用事で会い
父が私に持たせた「長命うどん」五人前は
さすがに重たかったけど
父が私たち兄弟にしてくれた・・
又時を経て孫や私たち夫婦に
食べさせてくれようとした思いのほうが重くて
嬉しく持ち帰りいつもしてくれたように
夕食の一品として
「長命うどん」頂いた


息子はむしゃぶりつき、
夫はいい音を立て吸い上げ
咀嚼しわたしはスープを一口のんで


「これだ!!!!」


と大声で言ってしまった


沁み、滋味、と美味しい


そして夫の母は土から耕して作ってくれた
冬への走りの柔らかーい自家製ほうれん草
やわらか過ぎて一つ一つを手摘みで茎をそろえて
何百株も私たちに・・新聞紙にくる
みみずみずしいったらこの上ない
それを洗い半分サラダで半分バターとガーリックと共に
体に沁みる母の味だった


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義母のほうれん草


幾つになっても両親たちには甘えっぱなしだ


夫の亡くなったそれこそ子煩悩の父がいればもっともっと・・・
わたしたちがこうして両親の味を喜んでいることを
とてもとても目を細めて見てくれていることを感じるし
親の大きさを
ほんの今日の夕飯で又改めて有難く思った
施すことの大きさと

「忘己利他」(簡単に言えば己より他を・・)
の精神を両親に教えてもらい
お腹も気持ちも満腹です


心より両親達に
感謝



何をしたら親孝行なのだろう
いつも思う今日この頃です

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2008年10月24日 (金)

助けの手

年末まで数えればあせる日月となってきました
ここで
最近振り返るのは今年起こった沢山の事
20年目の今年
想像だにしない
いろいろな経験

今年中にすっきりしたいことや
今年中にやりたかったこと

考え出したらきりがない


さてそのなかで
改めて有難く感じることの一つに

息子の学校を通して出会った
無二のママ友達



無理せず、合わさず、流されず
それぞれの家庭を大事に



食事にいける事なんて年に二度三度


それでも
同じ年代の子供を持つ母として
悩んだり笑ったりしている



先日は子連れで日帰り温泉へ
裸の付き合い


親子対抗
モグラたたき大合戦



少し帰りの遅い一日
我が寛大な夫たちに感謝しつつ
つかの間を楽しんだ



できないことを愚痴りつつ
でも
彼女たちに話すことで

心身ともにリフレッシュ


またまた感謝です


今は目の前の
私の毎日に必要として起こる色々な事を
有難く頑張っている
出来ないのでなく
順番にやるべき事が訪れているのだ
私の前に



憂うより
楽しまなくちゃ
だな!!

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2008年10月 8日 (水)

一年に一度

今日10月8日息子が10歳の誕生日を迎えた
日常の全てにおいて感謝この上なく思います
ありがとうございます



息子は今平然とテレビを見ている
こんな当たり前の毎日が、当たり前でないことを
又、現在の私たちを取り巻く環境に感謝しています



最近朝起きる度
無事にこのベッドで無事に目が覚めれた事を
有難く思います



10年一昔

本当だ


10年前の午後7時45分
沢山の方の手を借りて無事出産できたこと

そう、あれは十年前の今日の一日前10月7日の事でした


当時近鉄の選手だった夫の沖縄キャンプ目前
私の本当の出産予定日は10月20日
それより二週間早い下腹部に感じる鈍痛でした
たまたまその日里帰り出産の私の所へ
キャンプ目前の夫が顔を見にやって来ていました
立会い出産には賛否両論ありますが
私はもし立ち会えるならと思っていましたが
間違いなく秋季キャンプ時期
とっくにあきらめていました


ただでさえ
小さめなお腹の中の息子
一日でも多くお腹に入れておいてほしい
臨月になり担当の先生から言い渡され


妊婦特有の「私のせいだわ」との反省半分と
最初から判ってはいたけれども
夫が間に合わない心細さも一緒に臨月を迎えました



そんな産み月10月の7日夕方
明日の練習に備え帰ろうとする夫の支度をしつつ
下腹部の違和感と鈍痛を感じた
落ち着かず
立ったり座ったりしていると実家の窓の外
最近出産を終えた近所の先輩ママが
ワンちゃんを散歩させています



臨月近かった私は救世主とばかりについ窓を開け

「こんにちは〜○○さん、陣痛ってどんな風に痛い?」

まぁ唐突に聞いて見た訳です
返ってきた答えは

「何だか下痢みたいな感じ??」

そう聞いた瞬間
「、わ、私も!!」と思った私、

すぐ夫に報告
うろたえた夫は


「びょ、病院に電話すれば!」
(何で私?・・でも男の人には判らないのだから
 それはそうよね・・なんて思いつつ)

電話をすると
すぐに用意をして病院へ来て下さいとの答えに
大慌てで病院へ


病院へ行き陣痛かどうかを診てもらったところ
間違いなく陣痛はきている・・でも微弱
今夜は入院してくださいと言われた後


「赤ちゃんが少し小さいのでできるだけ
 お腹に入れておいてほしいんです」


と言われ
それを聞いた夫、パタリとドアを閉めた先生の後


「赤ちゃん小さいの?何で!そんなこと聞いてない!」

病室でちょっとケンカをした
確かに私は知っていた


実は臨月前に体重が減った私に先生は


「このまま動くなら入院させますよ!」とおっしゃった

それは困るから
おとなしくしますと約束して
いよいよ仕事を出産休業した
それからたった一週間の出来事である

妊娠中つわりもそうひどくなかった私は
妊娠が辛いという事を夫に一言も言ってはいない


自分の行動を悔いながらも
わかって貰いたかった夫とケンカして
ちょっと泣いた
出産前夜だった


でも始まってしまったものは止められない
できればこのまま収まってあと少しだけでも長く
お腹にいることを願いつつ夜を明かした


翌朝お腹の痛みが少し治まった私は
大事無く自宅へ帰れるものと思っていた

ところが帰る前に内診台へ上がった私に
先生が伝えたのは

「破水しなかった?」

「破水していますから、今日産みましょう!」


「えぇーーーっ」


うろたえるまもなく十年前の今日という一日が始まった
昨夜ケンカのあと大阪の翌朝の練習へ向かった夫に
今夜生まれることを告げた

「夕方行くから」

と貰った返事を最後に
その日の出産へ向けての一日が始まった

赤ちゃんを守る卵の殻が破けてしまった今
早く産んであげなければ赤ちゃんに影響がある


陣痛促進剤を打ち出産への第一歩が始まった
ご飯中の皆さん申し訳ない
浣腸も打つ
とにかく全てが出産へ向かってだ


最初の破水の水の量が少なかったせいか
陣痛促進剤後の出産を促す破水の水の量は
想像の域を超えていた

ザンザカ、ザンザカ・・出てくる

これだけの水がお母さんのお腹の中で
赤ちゃんを守っているのだ


体重が増えて当たり前だし
飲んで増やすわけでもないこの水は
お母さんの体が作り出したものなのだからそ
の生命の神秘に改めて感動した



そして水も出きった頃お腹の中でこの世に向かって
息子ががんばっている
頑張るほどにその痛みは
痛みの頂点を10分に一回から
5分に一度と間隔を狭めてくる


出産前のお母さんを怖がらせるつもりはないが
感じたことのない痛みだ

自分のお腹が竹だとしたら
竹に少しづつ斧を入れて割っていくような痛み

でも、でも、でも

我慢できる、絶対出来る

でも、その痛みは正直何かに当たらねば
我慢できなかった

定期的にくる痛みの度、声を上げつつ
気分をそらすために付けているテレビの司会者の方に
いちいち突っ込んでは気をそらし
付き添う母と妹の心配そうな顔を横目に見ながら
陣痛と戦っていた

夕方五時
夫が練習を終え名古屋の病院に到着した
陣痛の間隔が狭まっていた私は病室のベッドの上で
タオルを噛みながら痛みをそらしていた

夫の顔を見たとき初めて気が緩んで泣いた

「痛いよー」って泣いた

私は夫に誰より会いたかったのだ


ずっと付いていた妹がびっくりして

「おねえが泣いた」

と、夫に、今までどんなに痛がっても
我慢して笑ってすらいた私のことを
夫に説明していた


さぁここからが本番だった
昨夜からほぼ二十四時間陣痛と戦っていた私だ
疲れ果てていたと同時にもう早くゴールへと辿り着きたかった



夜7時

さぁ分娩室へと呼ばれた
もう自分の足では立てない私に用意されたのは車椅子


正確に言えば10ヶ月一緒に戦った息子と力を合わせて
又助産婦さんという導いてくださる力を信じて前に進むのみ
正直この痛みから救ってくれるのならば
何でも言うことを聞きますというレベルの痛み


ここからは約一時間
今となれば一コマ一コマが鮮明ではあるけれど
その痛みを覆すスッキリと
息子との対面だった


産まれるまでのその痛みと比べれば
麻酔なしでどこが裂けようと感じなかった
出てきた瞬間にその痛みはどこかへと飛び、
内なる痛みから外傷の痛みに代わる

母が強くなる瞬間だ

だってその痛みは日にち薬だもの

妊娠中は母への修行の場でもあり出産は進級試験だ



今日の誕生日
母としての進級試験が続いているのに気付く
自分自身以外のかけがえのない一人の為に
心の痛みを伴い怒り笑いながら続く毎日
良い子過ぎても怖いし言うことを聞かない日々は
堪忍袋が切れっぱなしで
あまりの腹立たしさによく眠れない日が続く
まだまだ続くこの戦い
年を経るごとに痛みの種類は変わるけれど
この進級試験が私に、夫に与えてくれるものは
例えようもないほど大きい

成長中の私たち
この線路は先が見えないほど長く
改めて我が父母に感謝する日でもある


来年の息子がそして夫が私が少しでも成長していますように


元気な毎日をありがとうございます

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休めの日

怠けているつもりはないんだけど
何だか体がすっきりしない日ってありませんか
朝早く動き出す毎日
自分自身に
「それっ」と気合を入れての起床に朝の支度
息子を送り出すまでは弱音を吐かずに、
それそれ〜!
とバタバタしています


見送ったあと既に少しやり終えた感を感じてしまう私は
ここで怠けたら負け!(なにに?)
とばかりに
まだ暖かいベッドシーツを外して洗濯機へ
家事ほどやろうと思えば出てくる作業はないので
午前中は中々座ることがなかったんですが・・・


ある朝夫に

「顔色悪いよ、寝れば?」

と一言

えぇーっ!
とばかりに鏡を見ると
そこには目の下牧場に熊を
四頭ほど飼いならしている私の顔が・・


怖−っ!

鏡も見ないで家事
毎月通う
ネイルサロンの中村さんにも

「・・・これはぞうきんがけですね・・」

と無残にもはがれて壊れる爪を
毎月差し出し補修してもらっている



睡眠の重要さは年を追うごとに感じているけれど
ここ最近は
寝たーっと充実感を覚えることが殆どない
しかも最近は何だか夢ばかり見て
しかも、
現実か?のごとく真剣にあせっているので
ガバッっと起き上がり
ホッとする事も多い

これでは成長ホルモンも活発にはならないだろう




先ずは少し気を抜いて楽すること
これも私には勇気の要る作業
外でがんばる夫や息子を差し置き、
家でゆったり・・・何てことできない!
ほんとにほんとに思っていたんです


この12年間
でもここ最近は・・・
次の家事に移るまでのホンの気の抜けた時間を
新聞や生協のパンフレットを見つつ、

朝ごはんの残りをゆっくり座って(ここ重要)
戴いたり、
又、息子が行ってしまった後

まだ暖かいベッドに戻って二度寝(これ最高!)
夜は取り合いになる
夫専用抱き枕も拝借して悠々とZZZ


20081008oh
これが争奪戦の主
抱きまくら


その後にたまった家事をやるのですが
非常に効率がよい
気分も機嫌もいい!
怪我直後の
担当M先生もおっしゃった

「動いて(リハビリね)寝る、動いて寝る!
 これが一番怪我が治る!」
って

そう
体の声を聞くってことをおろそかにすると
多分体は言うことを聞いてくれないばかりか
一番ほしいものを取り上げてしまうような気がする
簡単なことだけど
寝るってことはリセットするってことで
これって一番のお金のかからない美容法かも
とまぁいいように解釈しています




四十目前にして趣味・・・寝ること
いいのかしら・・・
考えるなら
寝てしまおう

|

2008年10月 5日 (日)

おっしゃるとおり

今年も残すところあと丸三ヶ月

大体私の場合
新年からカウントダウンで考えてしまうタイプ
いつもいつも焦っています


性格なんでしょうね
じっとしていられない


皆さん来年の年賀状どうする??・・なんて


さて
今日は日々過ごす中での
息子とのやり取りにハッとさせられた一コマ


息子は本を読むのが大好きです
そのとき読みたい本を
本袋と呼ばれる斜めがけのバックにいれ
電車通学の学校へと向かいます


通学電車の中で読んだりするわけですから
親としてはできるだけ軽いものをなんて思うのですが

そのとき読みたい本というのが重要なわけで
本の重量など全く気にしていないのが息子の心


さてこの秋息子が選んだ本は
「ハリーポッターと死の秘宝」第七弾

上下巻のボリュームは皆さんも本屋さんなどで
見かけたこともあるかと思います
ただでさえ重いリュックを背中に背負い
前には斜めがけのバック想定外の大きさのハリーポッター


母としてはこれは通学には重いんじゃないかと
言うも無駄で勇んで出掛けます


あの本をおもむろに取り出し
電車内で読む息子を想像するものの

その内ギブアップするかと思いきや
いつの間にか下巻へ突入

こうなったら見守るしかなく
とうとう読了

ある朝新しい本を本袋に入れる際
自慢げに読み終えた上下巻をならべてみている息子に




私 「凄いねぇとうとう読んだね」

「どうだった最後のハリー?」




息子「おもしろかったぁ」
想像通りの答えそれも少々得意げに



聞こうかどうか迷ったが母の面目を捨て

私 「ねぇねぇ〜最後は一体どうなるの?」(ずるい!)


息子「言ったら楽しみがなくなるでしょ、
    自分で読むのがいいんだよ、わかるでしょ!
    じゃ〜ねいってきます!」



バタンッ(玄関扉)



私 「・・・(沈黙の後)おっしゃるとおり!座布団一枚!」


ハリーの本と共に残された私


ホントに子育てって面白い
というか
息子が私を育ててくれてるんだわ・・はぁ・・



ちなみにまだ読了できない私とハリーの戦いは
いつ終わるのかわからない

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