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2008年7月29日 (火)

夏の思い出

夏休みにはいり早一週間
避暑へとやって来たのは北関東の温泉地


つかの間ですが
大切な時間を演出出来たら
…言いつつ
到着が真夜中過ぎだったので初日半分眠ってしまいました
でも夜は星が降るようです

心を真っ白にして
吸収できますように


あっという間なんだろうなぁ

20080729oh

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2008年7月21日 (月)

共働きと子育て

我が家は息子が生まれたときから
「共働き」
これは多分この先も変わることはありません

子育ても、そして仕事も都合よく行かないことは
今までも、
多分これからも
沢山経験することと思います


でも、経験は成長を促します
この夏は
息子にも重大な責任を一つ


学期中にも何度かあったのですが
この夏は自分の鍵を持つこと


そして家には
自分を頼りにしている
「たまご」が待っています

たまごのお昼ご飯は息子の役目です
自分より小さいものをちゃんと守る


今のとこがんばっています
今日も得意げに、たまごの三回目のワクチンに一緒に行き
お兄ちゃんぶり発揮
息子が投げたボールなら持って戻ります


まだ始まったばかりの夏休みですが
どんな経験ができるかな


親も、子も、離れてはいても、家を守るためにがんばります

遊びも勉強も充実のいい夏休みになるように



さて7月21日NHKFMで全国放送
お昼の12時30分から生放送で夜10時まで
名古屋のミュージックシーンを沢山のゲスト
を迎えて語りつくしてもらいます


みなさん
是非是非
聞いてみてください


だから・・・
もちろん
パパと息子とたまご
男三人でお留守番


よろしくお願いします

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2008年7月20日 (日)

体得こそが・・

夏休み
自分が学生の頃とは又違う夏休みが我が家にもやってきた
お子さんがいる家庭ならもちろん
これから八月が終わるまで息子にとっても、
私にとっても長いようで短い夏がやってくる


始まりの今日は土曜日
通常の学校の日々だって休みの日になる

とはいえ
夏休み
たくさんの宿題

自分も苦しんだが
まさか同じことを息子も繰り返すとは
笑ってしまう
やっても、やっても、なぜか忘れていた宿題が出てきて
夏休み終わりには
なぜか
大量の宿題忘れに泣くことになる


うちの親は絶対に手伝わなかった
今思い起こすと本当に
手伝ってもらった記憶がない


忘れたら自分のせい
それに、口うるさく勉強勉強とも言われなかった
やらないのは誰のせいでもない
自分のせいだ


だから・・
といって
きちんとやれるわけでもなく
夏休みに行く母方の祖母の家で朝から晩まで遊びほうけ
しっかり後から宿題に追われることになる

立派なものなど出来るはずでなくそれなりのものしか出来なかった
それが良かったのか、悪かったのか分からないが
今、私はここに何とか一人の親として生きている


さて、私が息子と同じ年だった頃
夏休み中も共働きの両親は毎日変らず働く
ただ学校に行かないだけで
お昼ごはんの支度を朝母に聞き
自分たちの責任でお留守番をしていた
休み中祖母の家の金沢へ行くときも
名古屋駅で
「しらさぎ」に乗る時から一番の責任者は私
車内販売のアイスを一つ妹に買うのだって
今考えればかけがえのない経験だったのである


子育てにどんな方法が良いかという絶対はない
でもその答えは家族の数だけあり
親と子供にしかない方程式は必ずある
「必死」さは大事だ

出来ないと思ってしまえば何も出来ない
出来ないと口にしていえば
誰かが何かが教えてくれるかもしれない


今私たち親も必死で世の中を渡っている
一人では生きられないから
沢山のを含む世の中に助けてもらいながら


「お蔭様で」
なのだ

我が家に来た
「たまご」
日、一日と大きくなっている
彼は喜びを最大限に表現し
私たち家族の手を余すことなく手中にしている
その成長が私たちにとって又大きな喜びになっていることは
間違いない


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たまごです
世界のナベアツさんは3でおかしくなりますが
我がファミリーは「たまご!」でおかしくなります


本当に
本当に
教わることはそこらじゅうに落ちている

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2008年7月19日 (土)

自分の体で・・

暑い毎日が続く
アジア特有の蒸しーっとした吸い付くような暑さ

今日もリハビリへ通う
大きな病院なので、今日も、満員御礼のごとく
たくさんの患者さんが出入りしていた

病院にお世話になり始めて早四ヶ月
病の方は絶えることなく
又リハビリ室も同じ

病院に入るとその中は快適な温度に保たれ
涼しく、汗をかくことはない

だからといって
先日入院したばかりの私にとっては
どんなに暑くとも
そして、雨に降られようとも
気は早いが涼しく、寒くなろうとも
外の空気を感じられるということが
とても、とても幸せだ

綺麗ごとでない

病室から見える外の景色は当たり前でなく
自宅に帰る人々の背中を見送りながら
切なくなる

暑さ、寒さの当たり前のことすら満足に感じることができない

病室から見下ろした満開の桜
綺麗ではあったが
やっぱり桜は見上げて、その下を歩きたい

ふと今日こんなことを思った

ここに書こうかどうか・迷ったが
一人皆さんに紹介したい方がいる

久保田五十蔵(いそし)さん
奥様の千秋さんとともに
大分県竹田で久保田農園を営み
無農薬で有機栽培を手がけ
食物の持つパワー、口から入る物の計り知れないエネルギーを証明すべく
土と向き合い、作物と会話をしながら正直に野菜たちの持つ力を存分に引き出し
それは私たち消費者の口に入るところまで届く野菜作りをされている方だ
損得勘定なしかとも伺えるほどのこだわりぶりと、
野菜の味を最大限に引き出すことに研究に研究を重ねている
「研究者」の目だ。

その味は口に含み味わえば忘れることはなく
丁寧に真心をこめて作られた野菜たちは
自らの体の味方となってくれる

私たちの体は食物で支えられている
毎日必ず向き合う
一口一口、口に入れるものをおろそかになどしないで
感謝し味方にすることができたら
必ず自分の体が語りかけてくれるはずだ

久保田さんの野菜作りは愛に始まり愛に終わる
一番の原動力は家族への愛

それは久保田さんの畑に一歩降りればすぐに分かることだ
かといって難しい方ではない
美味しいものなら惜しげもなくお客さんに提供してくれる

こんなことがあった
例えば「種」
私が久保田さんとの思い出で印象深いものが・・
久保田さんの作る絶品かぼちゃを送っていただいたとき

「よかったら捨ててしまうのであれば
その種を取っておいていただけないでしょうか?」


と言われた時だった

「いいですよ〜」

と簡単に答えた後そのかぼちゃをごくシンプルな形で
いただいた瞬間台所へ取って返し
種を一粒残らず無事に久保田さんへ届けなければと
真剣に思い
その重大さを身にしみて感じた

美味しかったのだ
心から

私がこのかぼちゃを次に繋げる一手を握っているのだと思うと
同時に野菜というのは当たり外れではなく
生産者の心をとても反映するものなのだと心から感じた

もう長年のお付き合いである
テレビ東京の「自給自足物語」という取材で
出会った久保田さんだが

とにかく前を向いているその姿に
そして同じく母として満遍なく家族を支える
おかぁちゃん千秋さんの姿勢に感動し
季節のご挨拶、そして大好きな九州に重ね、
大分竹田の帰りたい場所として久保田農園は私の心を占めた
最初に出会ったときまだ始まったばかりの久保田農園に
奮闘する久保田さんを取材させていただいた

久保田さんは愛知県の方だ
農業をやるにふさわしい土地と
障害を抱えた息子さんたちにとって安住の土地を
探した上に行き着いた竹田
土は正直で作り手を試す
その正直が土に通じたとき野菜たちは自らが持っている
美味しさを全開で携え答えてくれた
野菜が久保田さんを応援しているのだ
順風満帆に生産量も増やし美味しいものを
たくさん作れるようになってきていた最近・・

二年前のことである
五十蔵さんは病に倒れた
無理が体の限度を超えたのだ
あるとき手紙で千秋さんから
「五十蔵さんの体調が余りよくない」と聞いた
何の病かは分からなかったのだが
深く聞けずに五十蔵さんのこと・・・吹き飛ばす!と思っていた

ところが病気は進行してしまったのだ

信じられない
短すぎる余命が宣告されるほどの病気だったにもかかわらず
すでに二年が経過した

病からも逃げることはせず
自分の作る野菜たちと、食事療法で病気と渡り合っているのだ
恐るべし久保田農園の野菜たち
詳しくは久保田農園(大分竹田)、
もしくは「むぎわらぼうし」のホームページに詳しい
久保田五十蔵さんでも検索できる

そして
久保田さんは畑に降り続けている
久保田さんが得意とするスイートコーンが今年も、
収穫の時期が来たと教えてもらった

子供たちに、本物の味を・・ももちろんだけれど
添加物に慣れてしまった舌をリセットするのには
ふさわしい
久保田農園の野菜たち
試しにゆがいたものを一本子供にまま与えてみてほしい
親が喜んでくれるほどむしゃぶりつくはずだ
早速注文した
大好きな人に教えたくなる味に間違いない

どうか伝え続けてほしい
久保田農法を
又皆さんも味わってみてほしい

頑張れ
五十蔵さん!!久保田ファミリー
会いに行くからね

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2008年7月18日 (金)

戦慄  熱帯夜の恐怖

今回はこんなで出だしですみません

さて
関西は梅雨が明けたそうです
今週中はまだ天気が不安定な関東地方

(天気予報では)
とはいえその温度たるや日中は覚悟と
熱中症を覚悟するほど
炎天下でお仕事をされる方に敬服
息子も毎日ふらふらになって帰宅する
彼を支えているのは
「もうすぐ夏休み」・・これだと思う

今回のネタは彼も大きく関係する
さて、毎年この季節に我が家にやってくるのが
夏の風物詩
「昆虫」の皆さん
今年も、かぶとにクワガタ虫が雌雄で我が家にやってきた
毎年約束するのがその子達の世話
昆虫ゼリーも適度な水分もコバエも立たないように
面倒見るべしと御触れを出すのだが
結局どっちが飼い主なのだー!
と二度三度は怒る


でも今年は飼い方も手馴れたせいか
息子は自分の部屋の涼しいところに
虫かごを並べて飼育していた



さて
去る事四年ほど前
夜中に水を飲もうと目覚めてふと耳を澄ますと
自宅の下の階から

ミシミシッ・・ガタガタ・・・ズリズリッ
と、いろんなこれまたひそかな音が聞こえてくる
階段まで足を伸ばしたものの

怖い

あまりにも続くごそごそに
「泥棒だ!」っとわたしも気色ばんでバットを手に
夫を起こしに引き返した
飛び起きた夫と
共に下の階へと降りるとそこには誰も居らず
明かりをつけた部屋はシーンとなっている


「嘘」「何かいたはず」
なぜか私が夫に怒られた
睡眠は「金」だ!!!!!

後日、夫は留守
ぐっすり眠る息子を横に聞こえてきたのは又あの音
どうしよう・・

怖い
ポ、ポルターガイスト!!!

程なく消えたゴソゴソ
でも、人の気配でないゴソゴソに
おののきつつ
息子にしがみついて寝た
明るくなるまで待とうと・・


こんな夜が時に続いた熱帯夜
自体は簡単に判明した


昆虫ファンの皆さんならご存知のとうり
昆虫の殆どは夜行性
我が家のその年
息子に始めていただいたかぶとの数30匹以上
そのほかにも色々
虫かごにして六つ
(大きいもの)
いっせいに動き出す昆虫のその行動の音、
羽音は尋常じゃない
ある夜おそがけに帰った私が確認した暗闇の虫かごは
とんでもいない戦場だった


原因が分かりすっきりしたものの
気になりだすと逆に起こされるほどのガサガサ
凄すぎる
私の眠りが浅いのだろうか


そして今年息子は四年生
今年初のかぶとクワガタを飼い始めたところ・・


ある晩トイレにおきた私に気付いた夫が
「さっき、驚いたよ、なんか痛いと眼が覚めて、
見ると、カブトムシのメスが手に
乗ってんだもんびっくりした」

脱走??
しっかりふたしてあるのに


「えぇ〜!!!」と同時に「ひぇ〜〜〜」

そりゃぁびっくりするよなぁ
夜中のゴソゴソにも慣れ今年は数が少ないから
気にしていなかった我が家の昆虫
夫の報告を受け正直手の上に載ったのが
私でなくてよかったなんて思っていた

その日の早朝


ゴソゴソ・・ガリガリ・カシャカシャの音で目が覚めた
「又脱走??」


早速おきて探した

虫かごをチェックするとコバエシートに大きく穴が開いている
「ひぇ〜〜っ」

でも虫かごの扉はしまっている
中を覗くとやはりメスがいない


探せども見当たらず
いつもどうりに起きてきた夫に事の顛末を話すと

「かぶとじゃない?」という
「そう思う」と返す私だが
「夜中にあなたが見かけて又脱走したってこと?」
私が聞いた
すると夫は
「いやあまりの眠さに負けて手からおろして又寝た・・」
と・・・・
「えぇ!!なぁにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜(怒、怒、怒)!!!!!」
そこからはご想像にお任せする


朝から大喧嘩
抜粋すると

「あなたは男の子のパパでしょ率先してなんで
昆虫の世話をしないの!!」

「眠かったんだ」

「もし死んじゃったりしたらどうするの!
何でいつも私が全部面倒見てるの!」

なぜかちょっと違う方向にもぶれた


「うるさい!」

「あなたはパパでしょ!!」


この一言に切れたらしい
コーヒーの器ガチャガチャ
トイレの扉バタン!!
口も聞かないばかりか
早くも出勤すると言い出した
全行程を見ていた息子は
黙って見守り
放し飼いのカブトより

「ママの顔が怖い」といった・・撃沈

音を頼りにメスカブトを探すも
明るくなった部屋では見つからず
夜を待った
夕方帰宅した夫は
昆虫があまり得意でないことを白状したが

暗くなり私が発見したカブトを何とか籠におさめた
ご心配なく
元気である

昆虫戦争とどまらず・・と言った所か

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2008年7月16日 (水)

本物と出会う旅

旅といってもなつかしき関西
結婚して七年住み
愛着と人々の飾らなさと優しさが詰まった場所
他人のことに無関心でない温かさ
行くというより帰る感覚


関西で体験し感動した本物は数知れず

行く度に後ろ髪を引かれて新幹線で近くなった
関西ではあるけれど
仕事だけで帰るのは名残惜しくて溜まらなく
御堂筋線に乗ればまま家のある駅まで乗り過ごしたい
思いに駆られる
関西に家を残してあるのも帰る場所を絶対に
手放したくないからである


さて今回はお仕事で芦屋を訪れたのですが
在阪中にかなり気になりながらも行く事の出来なかった
またお会いしたくとも雲の上という方々に出会うことが
いっぺんに叶ってしまった


まずは
私にとっては勝手ながら二十年にちかいお付き合い

東京ではプランタン銀座地下にあり芦屋に本店を構える
パン屋さん
 BIGOTの店

大変有名なパン屋さんである
その味はいつ買っても変わる事なく期待に応えてくれる
東京に上京したばかりのころ
菓子パンの味しか知らなかった私に
噛み締めることの美味しさと香りを教えてくれたビゴのパン
芦屋に本店があると知っていていつか行きたいと思っていた

そして創業者のフィリップビゴさんにいつかお会いしてみたいと
ずーっと思っていた

そのいつか…が来たのだ
そして念願の本店へも


緊張した…

ビゴさん
誇り高く優しく
誰よりも美味しそうにパンを愛でる
パンをみるその目は誰より厳しく優しく自信に満ちていた
美味しいパンの見分け方を教えていただいた

バケットは見た目より軽いこと、
切れ込みが綺麗に入っていること
ちぎれば皮はパリパリで香りは香ばしさだけでなく
しっとりとした小麦の甘やかな香りがする
口に入れれば噛んで噛んで噛んで味わう

焼き戻さずとも室温で香しいバターを
口一杯で味わえるクロワッサン


握れば手の平で、ちぎれば鼻腔に感じる美味しいパン
こだわりのパンにパンの巨匠ともなれば
質問を間違えては失礼だと考えながら話したくとも
パン以外での話しとなるとかなりご本人はお茶目な方で
一気に緊張感がほどけていき、
よく噛んで味わい口の中で溶けたフランスパンのように

優しく甘い方なのだサービス精神豊かでありながら
本物に厳しい部分は関西の大きな特徴であり



37年前に
ビゴさんが初めて来日し
根っこを下ろしたのが
ここ関西で本当に良かった


ビゴ本店には近所の方が沢山来店する
おじいちゃんおばあちゃんおっちゃん
おばちゃんお兄ちゃんにお姉ちゃん
ちびっ子たちがふだん着であれこれとパンを買っていく


お値段だってお店の努力で下町価格
決して特別なものでなく普段の味として
こんなハイレベルなパンを食べている
芦屋の皆さんの舌は必ず肥えていると思う
思い出しただけで溜まらない


そして
綺麗で穏やかな芦屋の街にはお洒落なお店も人々も
沢山いらっしゃる
そこで評判のセレクトショップへと伺った
なかでも大変評判が高く物々の美しさエレガントさを上品に
保ちながらも
日常の中でヘビーローテーションにも十分耐えうる力強さ
近寄りがたい高級でなく手にとることで
自分のグレードまでもが一緒に上がる
高級感なのである


要は「使える高級品」

だってそう
高いものは頂くのであればどんなものであろうが有り難いが
使う場所や扱い方に気を使い実用的でないことが多い
とはいえあまりカジュアルでは使う場所を選ぶ
フォーマルでもカジュアルシーンにでも
身につけられだらしがなくないきちんとした使い勝手
上品さを忘れない
こだわりの商品ばかりが並んでいるお店なのだ


芦屋のマダム(とこう書くとちょっと近寄りがたそうだけれど
そうではなく、ご本人は優しくカッコヨイ)
がご自身で立ち上げられた
セレクトショップ『LISALISA』

オーナーの貴田さん
納得の芦屋エレガントを確立されている
お洋服のシルエット
丈の長さ、透け感、素材の良さ、体型の変化を考慮した
一枚一枚は
私たちこれからの世代のなやみを一掃してくれる作り


アクセサリーは
貴田さんのあったらいいながちりばめられている
ふだん着でも一つ身につけるだけで手を抜かない美しさ


そしてバッグ
久々に上質な美しく実用性にとんだコレクションだった
収納力、素材感、持ち心地すべてが完璧だった

貴田さんのあったらいいなは
いかに日常を選ばず重宝し使いやすく美しく丈夫なこと

プライベートでもとても美しいお母さんの貴田さんだが
徹底的に子育てしながら、具体的にいえば
授業参観から運動会にも持って行ける

そして
毎日の家事をこなしながら考え抜かれた、
そして美しさをわすれず持ち歩きながら
そのバッグを見る度嬉しくなるような


そして最後に驚いたのがその値段
活躍の頻度を考えれば
その素材を感じればそのものの素晴らしさは一目瞭然

主婦が手を出せる本物はそしてその価格は
関西のハートそのものだった



正直全部ほしくなる芦屋
LISALISAのバッグ

チェックしてみてほしい
手に取り素材を大きさを確認してほしい

ママである貴田さんの愛を美しさを沢山感じるバッグ達
私はあれから会う人ごとにここのバッグを進めている
ママの使い勝手と欲しい上質と美しさは東西に壁はない

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2008年7月 4日 (金)

旅の日々

先週山形から帰りまま
金沢〜名古屋〜本日八ヶ岳と旅づいている


足のリハビリも今だ続く日々ではありますが
沢山の人々と触れ合うことが出来る現場は
責任感をともなう社会への復帰のリハビリ
有り難くも温かく迎えて下さるスタッフの皆さんに
感謝しながら現場の楽しさを体中で満喫している


またあらためて
この仕事の難しさ

伝えること
表現すること

をしみじみと実感している
何度もいうが難しい
帰り道には一人反省会


さて今回の旅は金沢では嬉しい再会があった
旅のスタートは石川県のなぎさドライブウェイ
その名の如くほんの数メートル横の海を横目に
砂浜を車で走ることのできる全国でも珍しい海岸


そしてここは母の実家にちかく小さな頃から十数年
夏休みには毎年出掛け
わたしにとっての海はこの日本海千里浜、今浜といっていい


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思えばダイビングライセンスをとったのも若狭湾


日本海というと暗く白い波しぶきを想像する方も多いだろうが
冬のそれとは違い太平洋とは違う微妙なブルーを湛えた
静かな優しい遠浅の海


一日中浸かっては出を繰り返し
夕暮れ海の色が様々に変わりつづけるのを見納めてから帰路につく
ザァッとシャワーを浴びてから田舎の広い二間続きの和室で眠る心地良さは
今だに体が忘れることはないと思う
さてその今回のロケその思い出の海を夫と息子と訪れることが出来た
小学生だったあの頃遠い未来に夫や息子とこの場所に来ることなど
想像もしなかった


ここに来れたことに何か感慨深い

思いが込み上げてきた


息子が衣装を半分以上濡らして
海と戯れているというか海になめられている


20080703oh_1
はしゃぐ息子

ズボンの替えないのに…

ここに来るときはいつも自分は子供だったので
息子のはしゃぎぶりもよく分かるし

だからこそ
むしろ怒れなかった


もう一つの再会はそのあと足を延ばした
能登半島の先端珠洲にある

ランプの宿

もう七〜八年前に仕事でお世話になったお宿で
入り組んだ入江の奥に海に面して どっしりと構えられている
そのあたりは切り立った高台続きの場所で
緑濃く森を抜けた先に海を見下ろすといったロケーション
ランプの宿はその高台を海まで下る


そのロケーションもさることながら
通された部屋に寝そべると目線が、
海と重なりどこまでも広く
心地良い波の音以外聞こえない

そう
とても静かな宿なのだ

休みに癒しに来る場所なのだ
七年前とかわらず静かでそれでいて

お宿はもっともっとグレードアップしていた

露天風呂付きのお部屋に通された私たち家族は
何故かとても深く落ち着いてしまって言葉なくとも
思い思いにくつろぎ

息子までもが静かになったのには
親の私たちが驚いてしまった程である


テレビも携帯もこの時ばかりは封印

穏やかな時間を頂いた


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ランプの宿のおもてなし

仕事ではあるが
ランプの宿にはもうひとつ欠かせない
女将との出会いがある


ちょうど同じ年の子の出産
せまりくる子育てと女心を少し話し
瞬間に勝手ながら女将を大好きになってしまった
日常生活とは異空間をもてなしていただくには
十二分なランプの宿ではありますが


わたしは勝手ながら子育ての癒しを
女将と分かち合いランプで癒してもらった
その時間がこの宿の温かさと繋がっている


静かだけれど細やかに見守ってくれている

泊まってみて自分の大切な人を連れて行きたくなる
とっておきの宿


内緒にしたいけれど
感動と感謝が上回るので皆さんに伝えたく思いました
音とテレビがないと嫌!
という夫が
もう一度行きたいと言ったランプの宿


絶対のオススメです

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