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2008年4月27日 (日)

アナログの心

デジタル時代の昨今

何でも
便利に、早く、場所を動かずに物事を進めることができる、

どんな事でも、
どんな場所でも、

自分の足で、目で、見たい、聞きたい、確かめたい


大好きな買い物はもちろんのこと、
通販やお取り寄せは必ず、現物を、友人や、仕事を通して確認し
内容と、お店にある程度信用が無ければ、頼むことは皆無に等しかった。
というか、

インターネットショッピングを
かたくなに拒んできた節があった


ところが、突然の入院と、引越しが重なったこの春
病室に持ち込んだパソコンで、ありとあらゆる買い物を、
この、インターネットで行った

大げさだけれど、
清水の舞台から飛び降りる気持ちで・・
インターネットショッピングのコツをいろんな友達から聞き
でも、「買い物かごに入れる」
ここ一つ実行するのにずいぶんと勇気が行った。

そして・・初ショッピングから早一月
我が家にお目見えしている、家具の数々、照明の数々
大好きな外国製の洗剤に、柔軟剤、強力なしみ落としよう洗剤まで、
続々と手に届いている

今のところ・・失敗は一つも無く
自分の家がいい感じに出来上がってきている。



初めて届いたときは、当たり前にも、

「ほんとに来た・・」


とダブルの大喜び
何かが届く
そんな嬉しさがある



我が家の生協、パルシステムだって一緒だ
重たいものを届けてもらえるとか、
確かなものを届けてくれるという、利便性のほかに
まるで、

プレゼントを貰ったかのようなそんな嬉しさ。
商品の受け渡しにお付き合いできないことが多いが
仕事から帰り
玄関先に届いた我が家の食料は
暖かさで一杯だ。


でも、それは、宅配といえど、
「人のぬくもり」があるからだ。

こんな世の中だけど、相手を信用しなければ、
出会いをいくら経験しても、広がりは少ない。


この春の引越しで、転居のご挨拶をも、ろくにできなかった私は
残念な心残りがおおいにある
助けてもらった沢山の、ご近所の方
体がもう少し自由になったら伺おうと思う。



そんな中で、事故に会う直前に、

パルシステムの、ドライバーのお兄さんと
暖かな交流があった。


いつも、荷物の受け渡しに立ち会えない私だったが、
引越しを前に、その旨を紙にしたため、
宅配ボックスに入れておいた


その後すぐ事故に遭い自宅に戻ることの無かった私だが
その家のポストに、事故を心配してくださる
お見舞いのメッセージがお兄さんから届いていた。


嬉しかった。
どんな事でも、そう
お店でも、駅でも、街でも、ご近所でも、人が介在するところ
せっかくならば思いを重ねることができたなら
何倍も気持ちが良いし

その日一日の、価値が上がる

ネットショッピングで、買い物をした際にも、
必ずそのお店に、メールを打ち、又判らない事があれば、直接電話をして、
そのお店の方とお話をさせて頂く

一度だけ、そのお店の方が余りな態度だったので、
そのお買い物に関しては途中でキャンセルさせていただいた。


せっかく、ネットを使ってるのにとお思いかもしれないが、
自分から、手を伸ばした新しい出会いだから、どうせならいい出会いにしたい。



今回、一番新しいネットショッピングにて、
購入したものに、
「杖」がある

そう、来週からは「杖」でのリハビリは続く
これは、
リハビリの、T先生が、検索してくれて、
「これはどうですか」と持って来てくれた情報


実は、私のパソコンが調子が悪くパソコンから
買い物をしたかったのだが上手くいかなかったので、
お電話させていただいたものだ。

直接話し、注文させていただいて、
その日中に配送伝票が我が家のファックスに届いた


この迅速さは
対応してくださった方の、

「気持ち」
だと思う
感謝したことと
見習いたいなと
心から思った。

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2008年4月22日 (火)

幸せを運ぶもの

今日は月曜日

週の始まりを、大好きな新幹線に乗って
仕事で始められるなんてなんて幸せなんだろうかと

今朝思って起きた。


今春我が家は、息子も揃って、毎日五時おき
学校への通学時間が早くなったからである。



五時に起きるのは私、
続いて、息子、夫はほぼ同時に起きてくる
朝のニュースは、五時台の、キャスターの皆さんも、早朝版の皆さん
台所に立ちつつ見るというより、聞く状態の私。


「朝何食べるのぉ?」


と息子に聞くと、最近は決まって、

「フレンチトースト!」
と帰ってくる

朝五時に卵を溶く私は甘いのか・・・
とはいえせっかくの、一日の始まり
誰かがくじけたらおしまいだ
だから、家族三人、できるだけ笑う!
夫はコーヒー


して話は戻って今日、月曜日は名古屋
朝の支度があるので五時ちょっと前に起きた
ちょっと窓を開けると、スイッチが入る


今朝の薄ぼんやりと柔らかな朝の太陽とちょっと涼しげな空気が
一年の中で二度ある私の大好きな季節に差し掛かってる匂いがした


コーヒーと卵を溶いて、メイク道具をカバンに入れて、
それでもできるだけ喋りながら朝の時間は過ぎる



朝、息子が玄関の外まで、歯ブラシをくわえて送りに出てくれた


引越しをして、いろんな意味で、目新しい風景に、
いい意味での気合を覚えつつ
この家に似合う、小物や雑貨を見つけると、気持ちがうずく
今日は、やっと玄関のマットを購入することができた


豪華というよりかは、我が家のキャラクターに合う
ちょっぴりハッピーテイストにした。
自宅に帰って広げると、息子が、

「四葉のクローバーだ!!」


とその上に飛び乗った


もうこれだけで、オッケー!!

玄関からたくさんのハッピーが入ってきますように

明日も頑張るぞ!!

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2008年4月17日 (木)

こだわりの・・

数ある家事の中で、
これだけは自分でやらないときがすまないと思うもののうちに
「アイロンがけ」
がある。


もともとは父譲り
サービス業である父は次の朝自分で着るカッター
(ワイシャツ)
を自分で掛ける事を常としていた

母がしないわけではない
後もう一押しが足らないらしい
シャツに始まり、センタープレスのズボン
ハンカチなんてものは、四隅を見れば一目瞭然、

ピシィーーーーーーッと掛けてしまう

一目で、本当ならば「奥さんいるんだろうなぁ」
と感じてしまうほどの完璧さ、清潔なライン
高温のアイロンに、霧吹き、スプレーのりを絶対とする
父の手業をずっと見てきた。


一人暮らしをするとき父が私にプレゼントしてくれたものは、
アイロンと遅刻を許さない大きな赤い目覚まし時計だった。


さて、そんな父譲りの・・と行きたい所だが
技はそこまで、辿り着けずとも

洗濯と、アイロンがけは、趣味の一つだ。

落とせないしみには果敢に挑戦するし、
しわが伸びてゆく瞬間が何ともいえない


息子の制服、ナプキン、ハンカチグッズ、体操服
夫はもっぱらワイシャツ
二日に一度のアイロンがけ。


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我が家には立ちながら掛けられる大きなアイロン台があるのだが、
現在は立ちながら、手に力をこめることが出来ない為
ダイニングの隅で、いすに座り、掛けている。
ちょっと、コツはいるが意外に綺麗に掛けられるし、
至極便利なものを、
生協の「パルシステム」
手に入れていた。

それは持ち運びの出来る、普段はアイロンケース、

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パルシステム購入のアイロンバッグ!
オススメ



広げればアイロンシートになる物

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こんなに便利なことを体感したのも、
怪我をしてからで、今やこれが無いと掛けられないし、
アイロンが常に出番を待っている我が家では目に、手に、届く場所に
さっとおける
そして、こんなに重宝しているのも
逆に言うと私の体が場所を選ぶためだ


座って、自分にとって都合のいい場所
自分はいすに座り、ちょうどいい高さの、背もたれの無い、椅子がある、
ここで、しばしのアイロンタイム

洋服が生き返る気がするアイロンは本当に気持ちがいい
やらされてるのでなく、自己満足


着ていく家族を思って掛ける。
気持ちが良いと思ってくれると良いな。


そんな私だが、父がくるとたちまち、掛けなおされてしまうのだけれど・・
後、もう一押しが足りないらしい・・

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2008年4月16日 (水)

切ないかな

昨日の事
私は新しくリニューアルした新横浜駅にいた
新幹線へのアクセスも、機能的に、駅ビルも完成し
寄り道したいお店がたくさん増えた、

だが、見ているだけでも危なっかしい私に寄り道は禁物
というのも、気持ちは走れど、松葉杖は相当目立つ
たくさんの皆さんに気を使わせてしまうのだ
でも、身をもって知るこの不便さ



普段は運動をしない為かせめてもの自分への報いにと、
いつもは、日常に消費カロリーを増やすべく家事や、歩き(ウォーキング)
階段よりエスカレーターを体は勝手に選ぶようになっていた。



だからこそ新ためて、エスカレーター、エレベーター、手すりを頼るようになって
その便利さと不便さを身をもって知ることになった。
絶妙の位置のある手すりもあれば、公共の場のほんの二センチほどの、敷居で、
不自由な足を引っ掛け転び頭を打ち付けたことが一度あった

こんなにバリアフリーがうたわれる世の中であるのに、
事実は異なりであることが多い
気遣っているつもりでいた自分が恥ずかしくなった


沢山の便利と不便を体験する中でちょっと切ない出来事があった
話しは元に戻り
ホームからいろいろな場所へのアクセスが便利になった新横浜でのこと
松葉杖を突きつつタクシー乗り場へと向かった

都合のいいお金を持ち合わせなかった私はカードを使うべく
乗り場へ進んだ
時刻は夜の七時、タクシーも沢山停車している
幸い誰も並んで居らず
ガチャリと開いたタクシーの後ろのドアから運転手さんに


「カード使えますでしょうか?」
と聞いた。

「駄目」

と一言
後ろのタクシーの場所まで行き、運転手さんに同じ質問をした
後ろのドアが開きここでも、


「使えない」

といわれた。
さぁここからだ、
三代目の車はスーッと前に動いてくる、
明らかに車を探している私
今度はドアが開かない
後ろの乗車口の窓がちょっとだけ開いた。


「あの、カードは使えますか?」
「うちは駄目」

その後同じ対応の、車が、四、五台続いた
誰もドアは開けずに、通り際に、
後ろの窓だけちょっと開けて又閉めてしまうのだ
一度ドアを開けて、閉められるより
この少しだけ窓。
というのが切なかった。


同じ質問を繰り返す私と、この状況に
こんなことってあるんだと
体験したことの無い状況に、戸惑った。


普段の私ならなんとも思わないのだろうか
たまたま自分の状況がこうだから、普通以上に悲しくなったのか

見るに見かねた、タクシープールに並んで順番待ちをしていた運転手さんが
私に大声で、


「次の車は大丈夫だよ!」と教えてくれた。

いうとおり
次の車の運転手さんは
さっとドアを開け、

「だいじょうぶ?足が悪いのに、大変だったねぇ
どこの車を探してるのかと思いましたよ」


帰り道、まだまだカードの使えない会社のある話や
いつものようにいろいろな世間話をして帰った。
気分良く乗せて頂いた。


ただ、私は、便利になった新横浜での不便さを思い知った。
カード社会の、外国の方がタクシーを捜していたら途方に暮れるだろう。
流しているタクシーさんならいざ知らず、
タクシー乗り場と名前がつくのであれば
誘導の方が、一人いても良いのではないのだろうか
知らない者同士車に乗り合わせるからこそ、
お互いにとっても必要なサービスだと思う。


いや、これから配属するのかもしれない。
そこまで気分良く帰ってきていた私に、しこりが一つ残った。

人に対して
ここへの対応を又一つ教えられた気がした。

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2008年4月13日 (日)

私の帰る場所 2008春

東京は桜も、散りかけ、新緑がまぶしい季節になってきました
ここのところは不安定な、天気が続いていますが
晴れた日には、うたた寝をしたくなるようなぽかぽかの陽気です

さて、今年我が家は引越し
家族全員にとって気分一新スタートとなるこの春
私が帰りついた我が家は見事なダンボールの壁でした。



私の問題ですが一体、体がいくつあるの?
履ける靴は一度に何足?

というほどの、衣装の山、靴の山
乗り越えて見えるは
書類に本、家電製品に
見事に買い溜めた食品庫の品々、CD、DVDの山

息子のもの、夫のもの、本当にたくさん
それと向き合うことからはじめたこの数十日
綺麗好きなわけではないけれど、
全然落ち着けない
これを何とかするべく
今日まで私の頭は一杯だった

(正直言うとまだまだ)


戦力陣営はというと

夫は、出張
元々家の中がどうなっていようとも
口うるさくない代わりに、なぁーんにもやりません
でも、夫についてはそれでよし。
私は夫に家事をされるとしたら落ち着かず
多分一緒に立っているから・・
夫は野球に貪欲であればOK
ここは結婚以来変わらず


続いて息子
いたってマイペース
これまた家の中がどんな事になっていようと平気
ダンボールの隙間で本を広げ笑い声で、
その居場所が知れるという強者
発見されたその姿は、
制服を脱ぎ捨てたブリーフにシャツ一丁

「着替えなさい!!!」
これまた戦力にならず


腰を上げてくれたのは
我が父、母と妹のまいまいの三人でした

私が見ただけでも、400近くはある箱を、
次々とつぶしてゆきますが
肝心の、食器棚や収納庫が間に合わず揃えられなかったこの家では、
食器を手に、途方にくれることしばしば
でも

父は、もくもくと、まいまいは威勢よく、
母はいたって明るく大胆に手伝ってくれました。

多分皆足腰、疲労感にさいなまれているであろう
聞くのが怖くて聞けないし
ありがとうという言葉では、どうにも足りない。


結局最後まで、母ひとりが自宅に残り、私の介護と片付けと・・
たくさん一緒にいてくれた
たくさんケンカもしたし、沢山手をつないで歩いてもらった


先週末に届いた、食器棚に収納庫
力を合わせてしまった一つ一つ
少し先が見えたのが今日


母が明日には帰ってしまう
そりゃぁそうだ
実家には母がいないと何もできない父が一人、心細げにまっている
でも、今回ばかりは父も何も言わずに、耐えて待ってくれていた。


明日からは、この家で、一人、家事に奮闘することになる

今回母と昔話をよくしたが
私を含め、年子の兄に三つ下の妹・・三人の幼子を抱えた母も、
自分のお母さんに産後は助けてもらったそうだ
落ち着いた頃、実家へ自分のお母さんが帰ってしまった日の夕暮れ
急に心細くなって沈む夕日に
「お母さん・・お母さん・・」
泣けて泣けて仕方が無かったそうだ

産後な訳ではないけれど、何だかその気持ちがすごく判る気がする今日
明日が来るのが少し心細い
初めての環境に慣れぬ毎日を支えてくれたお母さん
お母さんの影がこの家のあちこちに残っている

まだ母離れできないのかな
36にもなって・・
一杯ケンカしたのにね
やっぱり居てくれると嬉しい


20年前・・
16で、一人東京に上京した私だけれど、
初めて母が尋ねてくれた日の嬉しさと帰ってしまった日の心細さ、
そして夜一人で食べたご飯が全く味がしなくて泣けて来た事を
昨日の様に覚えている
ちょっと似てる寂しさ


すっかりと甘えてしまったけれど
頑張らなくちゃ
私も、母だ


家族にとっての帰る場所が暖かいように
私も自分の母のように、思ってもらえるように、
居ないと寂しいって思ってもらえる
そんな存在になりたいw

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