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2008年3月31日 (月)

いくつもの夜を越えて

朝三時、まだ明けきらない真っ暗な朝に何度目が覚めただろうか
早すぎる病院の朝は静かだけども、
どうしても、寝付けなくおきてしまう
この三週間はずとっとそうだった


そしてとうとう退院のこの朝にも覚めるのは決まってまだ暗闇の中
今日は退院するにあたり事故から今日までの書ききれなかった思い
書いていこうと思います。



何の虫の知らせも無かった
母に今日は夕飯作れるから待っててねと、
玄関で言い残して出た


あの事故の日搬送された救急車の中では
受け入れ病院を探すトランシーバーが交錯し
決まった病院へスピードが上がったのを覚えている


運ばれる間仰向けに寝た天井には、
首都高のお腹のくすんだ灰色がどこまでも続いていた、
夢じゃないかとくすんだ灰色がどこまでも続く夢じゃないかと思いながら
頭の中は、仕事に遅れる、どうしよう・・そればかり


仕事への思いは、うなされるほど強烈だったと思う
頭をかなり強打した為、片腕が、左の側頭部を
抑えたまま手が動かなくなっている、
左足のひざが外側に向いて曲がり、どうしてもまっすぐ戻せない
痛みよりも、今日のこと、明日からのこと、
来週に行くインドでのロケ
仕事が無かった時期が長かったたっめに、
私を選んでくれた、だいじなスタッフさんの顔が目に浮かぶ・・・


絶対休めない!


ストレッチャーに載せられ、入った、救命救急室で、
よぎるのは頭と、立てさえすればすぐに復帰できるとそればかり、
足のレントゲンをとるとき、技師さんが優しくひざに触れたときの、
味わったことの無い痛みで


「まずい」

とは思ったけれど
続けて頭のほうへ
内部CTでとり、程なく、先生がやってきて、
頭の中は大丈夫ですが、今後のこれに気をつけてくださいという、
読めば恐ろしい症状の数々。


続けて足のレントゲンの結果を
ストレッチャーに寝かされた私は、立つこともままならず
寝たまま先生の話を聞いていた


「折れてますね、ひざのちょうど真ん中靭帯をつなぐところの骨がはがれ折れています、
ここは救急病院なので、詳しい検査は、お近くの新たな病院で受信されてください、
1から4度の悪さの中では三に限りなく近い二と三の間です、三であれば手術です」


ストレッチャーの上で聞かされた言葉は
あまりにもショックで涙だけで口が利けなくなってしまった

足にギプスをあっという間に作られ、
太ももから足首までまっすぐ伸びた状態になり
程なく駆けつけた、東京のわからない道をたどり着いた父の顔

(たまたま自宅に来ていたのだ)
そして、母、息子、息子は足を見て、これ痛い?と聞いてきた。
うなずくのがやっとで、言葉が出ない
大事な大会を控え練習中の夫も、駆けつけた、
又どじな私への怒りと、ホッとしたのが入り混じった顔で
頭をなでた
次に名古屋を飛び出し新幹線で駆けつけたまいまいが走りこんできて

「命があってよかった」と泣いた

あまりのその日の出来事に、テンぱってしまった
私たち家族はひとまず、明日次の病院へとむかわざるを得ず
清算の後病院を出たもう
事故から五時間近く過ぎていたとおもう
これがあの日
私にとって覚えていることである


私を連れて帰る夫は、私の手を握り
「ひざならばM先生しかいない」
と手配を始めた。

「明日すぐいらっしゃい」
と言って下さった先生の言葉を頂き
「大丈夫だからな」とつぶやいた

その夜、自宅に運ばれ寝かされた一階のベッド
引越しの準備がやりかけの二階には、
もう二度と、上がる事はできなかった
その夜、痛みと、熱にうなされた私は、
次の日、M先生の待つ病院へ


大変に忙しい海外出張に行かれる直前の最中見ていただき、
「即入院」を言い渡された
又新たな骨折も見つかった


覚悟はしていたもののあわただしく動く現実と、
頭の中のギャップがありすぎて
ますます口が開かず

病室へ案内されるまで、何も考えられなかったといってよい
お昼に、マネージャーから連絡があり、

「お昼のニュースに出るから」

「え!!」

「どうして!」


もう彼女もてんてこ舞いである
ただでさえチーフとして一人で色々と仕切っている中で
タレント一人の私の個人会社マハロカンパニーの、ために、
日々尽力してくれてきていた


今回の件では
電話が鳴り止まない
ホームページは、パンクする
タレントは、落っこちてしまって、上手く口も利けない
もう、もう、全て体当たりの嵐のような一日だった。

マネージャーは泣いてなどいられない
もちろん余波は次の日まで続き朝から何度となく
出てくる自分のニュースに
私の言い分として紹介されている箇所が何度かあったが
私は事故から、ここまで、事故のことは一切誰とも
「話していない」

同じマスコミにいる人間として
私の言い分って、
「誰の言葉」なんだろうかと、
それにもとても傷ついた


私が事故のことで
一番最初に覚えている限りのことを話すのは警察の方だ。
と決めていた。


それでも、続く報道には、私の言い分が載っている。
不思議だ。
今でも、私の話す真実は全て渋谷警察の方にお話してあるまま
公にはなっていない
相手は一般の方だ
傷つけてはいけない


そして
全治三ヶ月と診断された私の入院生活が始まった


とはいえ、丸々三ヶ月入院するのではなく絶対安静を通り越え
リハビリが始まり
足に体重が少しでも掛けられるようになれば、
退院のめどが立てくる
まさに今が、今日となった。


今片足特別な装具をつけ三分の一の体重を乗せて、
松葉杖の欠かせない毎日を送っている


骨がつき事故前の状態に戻るには、
半年ものリハビリを乗り越えなければならない
でもしっかり治さねば、先生方の努力の結晶が無駄になる、

使って、不安なタレントなんぞを誰が使うか
だからしっかり治す。


退院を前に思うことは
病院というこの場所の深さ、素晴らしさ、
私はあくまで、外科病棟に入院していたからだとして聞いてほしいが


明日を夢見て頑張る選手の皆さんと一緒だったし、
もちろん、おじいちゃん、おばあちゃんも、日々、治療に専念
私も、そうではあったけれど
最初の一週間で、痛みと腫れが
「高圧酸素治療」のお陰か、
驚異的に早く炎症が収まっていったといってもよい

それに、打撲の痛み
左の頭からあごにかけてはカラフルな打撲こんも残ったけれど、
これも、数日して収まってきており、
首の捻挫はシップと痛み止めでしのいでいる
よく言う、額関節という、あごの付け根に走る痛みは
まだ少しかかるようだけれど・・
最初の一週間はそうすぎていった、
痛みと、酸素と、リハビリと・・慣れようと必死だった

二週目に入り襲ってきたのが、
痛みが落ち着いてきたことによる
精神的な「落ち」だった
「話せない」「しゃべれない」「眠れない」
気持ちの温度が不安定になってしまった。


これを支えてくれたのが、私を支える、外科病棟の看護師さんたちでした
夜中に覗くと起きている私、看護師さんは
眠れない私の話を、たくさん聞いてくれた、真夜中も、朝方も・・
私もなぜ自分が眠れないのかわからない状態で、
昼寝もしていなかったからほぼ一日中起きている事になっている
あるとき、いただいた手紙の中に、

「早く心身ともに元気になってくださいと言う一言があった

そう、「心」

心が今、ショックを受けてるんだと気がついた
こっちのが厄介だった
お医者さん看護師さんリハビリの先生
マネージャーと夫としか話せない
メールは打てるが、電話に出れないという状態。
軽々しく、心身ともに健康で・・なんて言葉はよく使っていたし、
その意味も、判っているつもりでいた。
この、心身という言葉の深さを身に沁みて判ったのも
この時期だったのかもしれない
体が治ってきてるのに、心が泣いているのだ


このときばかりは、私と一緒に、マネージャーのパティも、一緒に初めて泣いた。
ちょうど、報道や、怪我のことや、二十周年の記念カードの制作途中だったことや
とにかく色んなことが去来して2人で、一回だけ病室で泣いた。


でも、これも今、日に日に、回復している。
泣いてなんていられないんだから
いろんな症状と向き合う事で自分の体とより仲良くなり
そういった、あせりや、閉塞感はその気持ちがわかるものとして
これから私の生きていくうえでの糧になる


インタビュアーという仕事を数沢山こなしてきたけれど、
人に話を聞くということの難しさ
そして、本当に伝わる感動やいい話は誰でも、一つは持っている


要は聞き方だ

喋り手と、聞き手の距離感も大切
頑張っている話を、入院しているおじいさん、ばあさんからも、
若い人たちからも、沢山聞いた
多種多様で、泣かせるいい話だった。
すぐ仕事に結びつける癖があるが、そうではない
これから出会う、たくさんの方々と、向き合い、本音で、話しを聞いていきたい。
そして、人生の先輩方に、本当に沢山励ましてもらった
廊下で、待合室で、洗濯室で・・


「頑張んなさい」
「頑張んなさい」
と、握手をして別れた皆さんとの出会い。

いつでも、いつも、声を掛け、目を掛けてくれる
看護師の皆さんがいてくれることの安心感や笑顔
先生方の明るさと真剣さ
病院は体だけでなく、心も、癒してくれる場所なのだと


いい病院ランキングなんていう本が出ていたりするけれど、
それは先生方の確かな腕も、もちろんではありますが
患者は人間だもの、体だけではなく、心も、傷ついている
技師の先生方や看護師さん売店の方や配膳さんに、
ごみをあつめにきてくださる清掃の方々
警備員さんに至るまでの皆さんの暖かな眼差しと、思いやりと、
暖かなお声掛け、のお陰で、ここを出るのが名残惜しくも感じ、
いようと思えばもう少しいられるこの病院ではありますが
現実には新学期が始まる、この春は引越しだったので、
息子と共に、力を合わせて二人三脚での、電車通学に
最初は付き合わねばならない


前のブログにも書きましたが、
私自身は「ゼロ」のときです


三週間感謝に感謝の、毎日と、これから続くリハビリへの期待感
そして、この病院に出会えたこと、
しっかりと、治すことが、各先生方看護師さん、
技師の先生方への恩返しです。

また、どこぞの誰かもわからないおばちゃん状態でも、
一緒にリハビリに励んでくれた皆さんの更なるジャンプアップも
心から祈っています。
この気持ちを忘れないで
又しっかり歩いていこうと思います


「頑張れば夢は叶う」

本当に、ありがとうございました

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2008年3月28日 (金)

THEリハビリSHOW

桜がほぼ満開です

前回のブログにも書きましたが
私の部屋から見える桜はとても見事な桜並木
今現在は、ピンクのこんもりとしたトンネルです


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ほんの五日前

20080328oh
病室からの桜トンネル 


お見舞いに来てくださった方がいらっしゃると
五階にある私の部屋から後姿を見送るのですが
ずっと見送りたくも、すぐに桜のトンネルに隠れて
見えなくなってしまいます。

それほど、見事な桜
さて、この桜が満開をすぎる月末
とうとう退院です。


何もかもを一人でやろうと意気込んでいた月初め
沢山の方に助けてもらった、あの事故の日から早三週・・

「出来ない事は出来ないと言おう!」
「何でも、頑張る大東!」

でなく
許容範囲を知ろう!
丁寧に生きよう!
人として誠実であろう!
そしてやっぱり、人と話をするのが大好きな私でいよう!

と今思っています
今、ちょうど、いろいろな意味で、
「ゼロ」ですから


さて、今回は、私の入院生活を支えるリハビリについて皆様に・・
この病院のリハビリ施設は並大抵のものでなく、

施設も、先生方も超一流!
トップアスリートの皆さんから、
将来それに繋げるべく訓練を重ねる学生さんも、
沢山来ています


そこは、怪我に屈することなく
毎日毎日が明日に繋がるのだと言う事を目で見て、
同じ空気を吸って体感できる場所です。
私のよく乗っている列車がこの部屋のまさに前を何本も通り抜けます
こんなエネルギーあふれる場所があったのだという事実に驚くことと
とはいえ闘志むき出しではなく、

満開の桜が目線で楽しめるこの部屋は「黙々と」という言葉に
ぴったりな集中できる場所でもあります



平日午前八時半からスタートするリハビリ室は朝食を終えた患者さん

(というか選手)
の皆さんが続々と集まり、
それぞれの自分に見合ったプログラムで動き出します

私はといえば・・それに遅れる事一時間ほどリハビリ室へと松葉杖で向かいます。
車椅子に比べて見ている周りの方にストレスを与えるほど
下手な松葉杖さばきでえっちらおっちら・・


そこには、リハビリ室での私の灯台、笑顔のT先生が待ってくれています。
入院し三日後から始まったリハビリプログラム、
スポーツ選手ではない私ですが、スムーズに日常生活に戻れるように
又、自分がこの36年間感じることのできなかった、底力の引き出しを、
優しく引き出してくれます。

筋肉の仕組み、動かし方、そして、有酸素運動の中で、
体が発熱してくる瞬間を絶妙に教えてくれるのもT先生です。
午前中はお昼まで、黙々と、同じメンバーが鍛え上げていくその様は
皆が同じ場所へ向けての、努力のエネルギーに満ちていて
まさに、本物の


「THEリハビリshow」


この時期、この期間を供にしたということが勝手ながら
私にとっては心強き仲間意識まで芽生えてきているのです。
言葉数は、私を抜いて皆さん寡黙です。
「ごめんなさい」


さて、お昼の時間を終えると午後のリハビリタイム
夕方四時半まで続くそこは、午後の太陽が差し込み、
朝とは又違う暖かな色合いの中で
リハビリは続きます。
私は、この火曜日からとうとう、歩行訓練を始めたのですが
今までのギプスに変わる、この足の装具は
膝の周りをがっちりガードし無事に立てるその日まで、
仲良くしていかねばなりません


そして、T先生の、指導内容も歩くということに向けたメニューが加わり
温存してきた患部を、少しづつ曲げ、伸ばしたった二週間の中で、
驚くほど衰えた筋肉でしたがきちんと起こし呼んでくれます。


なんと、リハビリ用のサイクルですが、自転車漕ぎも可能な今です
凄い!!

と、このように、毎日は過ぎ去り、朝から晩まで、リハビリに明け暮れる毎日
これも、この部屋の、皆さん全てのまっすぐな情熱と、真剣さが私を奮い立たせ、
元気にしてくれているといっても過言ではありません

一日だって休みたくない
こんな気持ち久しぶりです。


と同時に
世の中で活躍するアスリートの皆さんの後ろには何人もの、
プロフェッショナルサポーターの手があるのだということ
そしてその確かな腕で的確な言葉で支えられているのだということを
体感できました。


私は、退院しても、リハビリが続く限りここへ通うことは
自分を律する大切な時間となりそうです
私が病院生活で得た本当に、有意義な時間
これはこれからのまた力強い支えとなるに違いありません


さぁ!今日も、張り切って足浴ジャグジーから自転車漕ぎまで
そして今回は、私の病室から見える桜も、ご一緒にお届けします

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2008年3月26日 (水)

一・体・感

今日、二つとない、かけがえの無い、
ウイニングボールが、私に届きました


第63回JABA東京スポニチ大会決勝が、
東京の神宮球場で、本日行われました

キャンプを終えて初の、大きな大会
ENEOSにとってはスタートの大会です

夫の試合は体が許す限り見に行くのですが
今回は病室からの応援になりました
試合の時間には、窓を開けて、
夫が、選手の皆さんが感じているであろう外の風を
一緒に浴びながら保土ヶ谷に、神宮球場に続く空を見ていました

一つ一つ、積み重ねてくれる勝ちが私の、
大きな力となっていました。


そして、今日、ダブルヘッダーという厳しい状況の中、準決勝、決勝
見事、勝ち抜き・・


優勝です

何よりもの、本当に何よりもの、私への良薬!
そして完治へ向けての、エールとなりました

日々の積み重ねが裏切らないこと、
そして、心がけ
病室で待つ私に向けて聞こえてくるのは、
選手の皆さんの、勝ちへの執念でした



そして、決勝の前に、選手の皆さんが誓ってくれた言葉を聞き
どう書き表して良いか、自分でも判らなくなる・・・ほど・・・


そして、届いたウイニングボール

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今度は、私が元気になって、選手の皆さんにお返しをせねばなりません
絶対に



そして、時を同じくして今日、事故後初、私の歩行訓練も始まりました。
一歩、一歩、確実に、しっかりと、少しづつ体重を掛けながら
出来上がった膝の装具と共に、踏みしめていきます。
車椅子からは、卒業です。



私にとっても

そして、もちろんENEOS野球部にとっても
全てが始まったばかりの一歩



又明日からも、気の抜けない、毎日が続きます。
気は早いですが、
今年の終わりに、自分で自分を褒めて上げられるよう
それに見合う努力をしていきたいと思います


最後に、試合前に、事故などで選手の皆さん、
そして、関係者の皆様のお気を煩わせてしまったこと
大変申し訳ありませんでした。

そして、
このたびの優勝、選手の皆さんはもちろん
応援してくだすったファンの皆様、新日本石油の皆様、
スタッフの皆様の一体感の賜物と心より感謝いたします
本当に、本当に、
ありがとうございました


ホントなら・・跳ねたい気分です(笑)

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2008年3月23日 (日)

二度目の週末

入院してから、二度目の週末がやってこようとしている
昼間にリハビリを頑張るせいか、程よく、ほぐれて、
しかも食欲もあるけれど、一つ、眠る前目を閉じる寸前に
真っ暗にした部屋の天井に、目が慣れた頃、毎日思うのが、


「これ、夢なんじゃないだろうか、
 夢なら長い、リアルな夢だなぁ」

なんて、
まだ多分、目の当たりにしているリアルな現実を、
捉え切れてないんだろうか


でも現実

病院でお友達になったおばあちゃんと、廊下で「座り話」
(車椅子に乗っているから)
することもよくある

おばあちゃん曰く
「この病院のご飯は美味しい」 だって
確かに!私の一番のお勧めは、
「菜の花のおひたし」
入院するほんの少し前、茹で過ぎて、旬の味を
くたびれさせてしまった思いがあって
ここへ来て二度食べたが絶妙の湯でかげんだった、
美味しいのはもちろんだが、料理が上手い!とも思う、
特に葉物の茹で加減は見習おう!

そして、大きな病院には、私の想像だにもしなかった
沢山の方々が治療に通われ、又入院している。


息子のことなんかで、駆け込むのは近所の個人病院だから、
大きな病院は、お見舞いに行くことはあれど、
自分が、入院するなんて思っても見なかった


多分、退院した後も、病院の前を通るたび
頑張る人々を思い出すんだろうな
病院は、先生方も、看護師さんももちろん
ご飯を作ってくれる皆さん、
そして、入院患者さん皆が頑張っている


入れば安心というわけでなく
患者自身の、心がけで病院生活は
180度も変わるのじゃないだろうか
私の考えは、前向きすぎるのかもしれないけれど


さて、「転んでいけない」私は、看護士さん手作りの長ーい足台が付いた
カスタマイズ車椅子に、乗っている、
「感謝」

折れた方の足は、その上に乗せて、すいすいと、リハビリや、
治療に通っている

さて、お待たせしました、入院してから、受け続けた、


「高気圧酸素治療」

そうそうたるアスリートの皆さんの秘密兵器か?!
入院した次の日から入ることになった
大人、最大八人くらいまで入れるそうだが
潜水艦のような気圧室の中で、
まるで海の中にいるような感じで
耳抜きをしながら気圧を上げていく


私たちには酸素ボンベが配られその中で、その中で、
酸素を吸いながら・二時間、もしくは、90分
体の隅々まで酸素をいきわたらせるのが目的


新鮮なO2を、行き渡らせる事により生まれるメリットは
通常の環境の呼吸では行き渡らせることのできない疾患部分へ、
酸素しっかり送ることにより、
疾患の細胞に働きかけ疾患の治癒を促進するもの、
と考えた

よく、郊外へ行き森の中で、新鮮な空気を、体一杯に吸い込むと
体の隅々まで、イキイキする・・
なんて言わないだろうか
素晴らしき酸素パワーである
これをもっと、科学的に、かつ有効的にしたものである
もちろん、打撲、骨折だけでなく色々な、症状に作用する酸素である


さぁ、その潜水艦の中に、二時間・・
すぐ二時間というと新幹線で、京都までいけるな、とか、
飛行機なら福岡か?なんて考えてしまう


この治療になれている先輩方は
6~7冊の、本を手に手に、まさに、乗り込むといった感じ

入ればそこは、ゆったりとした椅子が横並びに置かれそこに体を沈め、
ただただゆったりと気圧を感じながら、読書や、テレビにいそしむといった感じ

最初は長かった二時間

でもこの二時間をつかんでしまうと、なんとも、有意義な時間、
座りながら、リラックスしながら治療。

私なんて、こち亀を改めて、読み直し
その面白さに、打ち震え静かな潜水艦で、涙を流し、
肩を上下に揺らし笑うという怪しいスタイルで多分隣に座る、
若き患者さんを不安にさせたかもしれない
しかも、続いては「医龍」という漫画にはまってしまい
そこにあった16冊を、ほぼ二日で読み上げてしまった


こんな私も入れてもらえた高気圧酸素室だが、
入る人は皆真剣に、明日の自分の為に、又実感しているからこそ、
絶えず、患者さんが入るのだろう
大事な試合前のアスリートの皆さんが
こぞって、入りに来られるのも、凄い


私は・・というと、
合わせたリハビリの成果もあり、
骨折箇所が今100度まで、曲げられるようになった

早い・・そうだ
今立てはしないけど
ベッドの隅に腰を掛け、足を下ろすことはできる
体重はまだ掛けられないけれど。

来週は事故から丸二週間目。
その日にこれから三ヶ月・・共にするひざを支えるサポーターがやってくる
ひざを手術した方なら判るかも知れないけれど、
まるで、ロボコップのような装具
膝の働きを担ってくれるものなのですが
それをつけ、歩行の訓練が始まる、少しづつ体重を掛けながら


最初は松葉杖を使ってだけれど・・
へこたれてなんていられない
立てるのだから
当分は松葉杖なので、リュックも買わなきゃ
でも、
座れるときには、座って一息つきながら
電車も、優先席に座るんだろうか
基本的に、電車では絶対に座る事の無い私だけれど・・


思い出した、引越しもある!
少しづつ、現実復帰
何か体験談があったらお寄せくださいね

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2008年3月20日 (木)

皆様ご心配掛けました

事故から一週間・・早かったです。
正直ちょっとふさぐ日もありましたが
それだって、当たり前の心情


ですが、
心も回復にむけてムクムクッと動き出しました
今日春分の日から
当分の間、ほぼ、リハビリ日記



雨の朝です、明け方もイマイチ暗いままですが、
病院の前の桜並木をずぅっと上から見下ろせる
私の病室からは、23日に早まったのも、
納得なピンク、紫の蕾が霞にもやっています、

ギプスの足以外打撲の色もカラフルではありますが、
首にシップを張りつつも、元気です!


ギプスというと、白いのを想像しがちですが、
私のはマジックテープで、取り外し可能なブルーのもの、
太ももから足首まで、びちっと巻けます


私の病棟には、おじいちゃん、おばあちゃんもいますが、
若きアスリートの皆さんも、たくさん入院していて、
そのアスリートの皆さんと共に、リハビリ!始まっています


朝から、皆で足を上げたり、振ったり、バーベルを上げたり(凄い)
骨折はもちろんしっかり付けなきゃならないのですが
衰えてはいけない筋肉をきちっと動かし、

入院する前よりもっと、強くするのが私の密かなリハビリ計画です

しかも、ほかの部位の余分も落とすべく、プロの先生が付いて、教育的指導・・
やることは、入院していても、沢山あります。


私の体を治すため、夫が探してくれた病院は、膝ならば!!M先生がいる都内病院
続く先生方も、大変優秀で、まさにチームで、私の足を治してくれようと必死です。


私の目線で、診断、治療計画、を話してくださるS先生は病棟の担当なので、
不安なことにはすぐに答えてくれ、とにかく早く
優しい、私の興味の質問にも、きちっと答えてくれる先生です。


「二週間絶対転ばないように!」
とお達しを受けているので、今は車椅子
これも、慣れてきて、意外に使う体力に、
二の腕がしまるかも、なんて淡き期待を寄せています

生来
焦って焦ってのせかせかタイプなので、

今の状況は、手は伸びれども、足は伸びずの状況で、
でも、これも、神様が教えてくれた、

「もっとゆっくり」「もっとゆっくり」なのだなぁと、
ゆっくりならば少しづつ丁寧にやっていけます。

痛い思いはしたけれど、リセットです、
もう引きずらないように
自分らしく、ゆっくり、そう、
インタビューするときみたいに、ゆっくり、ゆっくり少しづつ
立ち止まり呼吸することを忘れず
なんたって、誰かと話すのが大好きな私ですから
病院でも、沢山の頑張るお友達を作って、帰りたいと思います。

それぞれの得意を、出し合って、助け合いながら
この経験も私には、エネルギーです。
先ずは寝たきりでないことだけは皆様にお伝えします



そして、このブログにも沢山のメールを
寄せてくださった皆さんありがとうございます
全部、全部読ませていただいています


思ったより、交通事故の経験者の方が多いことや、
又、信号のことを、詳しく調べてくださった方もいらっしゃいました
無事を願ってくだすった、神父さんもいらっしゃいました
今は皆さんの気持ちに返していけるように、リハビリとパソコンに向かいます
一緒に頑張りあいましょう!
目指せ、スタジオならば四月復帰!


次回は、私も、オリンピックアスリートも受けている高気圧酸素治療について潜入です

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2008年3月13日 (木)

ファンの方々の・・・

桜の開花予想も出ましたね

日中ベッドにいるなんてことが
学生時代の入院以来無かったので、
治療の合い間は耳を澄まして、
外の音を聞いたり、いつもは自分が喋っていて
聞こえない音を聞こうとしています


ブログへの励ましのメールに、
心より感謝を伝えたく思いここへしるします



普段からいろいろな方との出会いは、
私にとって何よりの宝であり、
毎日を輝かせてくれるものでした


今回このようなことがあり中々出会えない方々からも、
そして、我がホームページにメールを寄せてくだすった
四人のお子さんをお持ちのお母さん、同じ名古屋出身の方、
とにかくたくさんの本当にたくさんの
心ある励ましの言葉が今とても支えになっています


いつもの元気な私を、そうでばかりでない事も、
受け止めてくれる皆さんに感謝せずにはいられません



今しばし耳を澄まして、
世の中のこと、
テレビのコメンテーターの役割、
一つの発言に責任を持つということ。


リポーターとして、一つでも多くの場所へ行き、
一人でも多くの人々の真実の話を聞いて、
感じて歩きたいと思います

『思い』のある人間なのだから
心あるリポートを
そして、思いやりを
もちろん母としても・・


まだまだ未熟な私です
どうか街を、元気に歩けるようになったら
たくさんお声を掛けていただけますように


追伸

あの渋谷の交差点で、事故にあった私に『大丈夫か』と
声を掛けてくだすった通行中の皆さん、
110番してくれた方や
そして、救急車がくるまでずっと路肩の私の手の脈を取り続け
意識を失わないように
何度も何度も『大丈夫ですか」『大丈夫ですか」と
声を掛け続けてくれた男性の方
いち早く駆けつけてくだすった警察の方、
救急隊の皆さん、角の銀行の方々も、
私にはもうろうと皆さんの足元しか見えていなかったのですが
街の皆さんが力を合わせて救ってくれたのだと
感謝この上ありません

見ず知らずの私への手全てが暖かかったです、
助けてくだすった皆さんに直接御礼申し上げられないところが
情けないのですが本当に本当にありがとうございました

皆さんからの愛の手をこれからも胸に、
そして私も誰かに繋げていけるよう努力します

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2008年3月12日 (水)

ご心配をお掛けしています。

この度は皆様にご心配、ご迷惑をおかけしております


昨日ロケへ向かう途中思わぬ事故に遭遇してしまいました

現在の状況としては左膝、左半身の痛みと全治三ヶ月との診断に
しばし茫然としているというのが正直な気持ちでしょうか


私事ですが三月中にお仕事を頂いていた関係者の皆様に心より
お詫び申し上げたい事と、訪ねたかった国、
お会いしたかった方々に思いを残しながら…


今は一日も早い全快に向け治療に専念します
沢山の励ましのお言葉を頂戴し心より感激しています
ありがとうございます


大東めぐみ

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2008年3月 6日 (木)

成田へ

三月にはいり
毎日何かに追っかけられているかのように過ごしています


大きいのはもちろん引越し
それに伴う沢山のかたずけ引越しをするたび
もう大変な思いをしないよう物を増やさないと

何回誓っているのか



自分がまいた種、今回も大好きなアロマグッズが
山のように出て来る


そして食器
これも普段使い以外のとっておきの焼き物がぞくぞくと出て来る
次の家にこんなに収納ないぞーっとつぶやきながら…
しかもお宝拝見のごとくしまいきったお皿に
新たな発見のような感動を覚えつつ箱に入ってるものを
わざわざ出してしまうという事を繰り返している

片付く訳がない

二階に上がっては要、不要の選別作業
しかもここでもまた
写真とか手紙とかを見たり読んだり…
これがまた家族10年の歴史だったりして

見ごたえ、読みごたえ満載!


とにかく自分で自分の首をしめながらも奮闘の日々である
それでも粗大ごみ、ブックオフ、古着リサイクル、タウンページを
毎日読んでるかもしれない



そんな訳で
ほぼ毎日blogが滞り申し訳ありません



そして
もうひとつ言い訳してよろしいでしょうか

なんと!本日からイギリスへと
海外ロケの旅へと行って参ります


世界一美しい村と言われる地へ…
今回も私の人生を膨らます良い出会いがありますように


さぁきた!
今年初の海外ロケ!
しっかり任務を遂行して参ります

引越し頭はしばし休憩…
ということで(苦笑)

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