全国学力テストについて私の思うこと
今週の火曜日全国の小中学校の六年生と中学三年生が
テストを受けましたことは皆さんもご存知ですよね
子供を持つ私も三年生とはいえ人事ではなく注目していましたが、
賛否両論ありながらも99パーセントの参加だったようです
中でも愛知県の犬山市は市、そのものが不参加を決め
その日の子供たちは普通授業を行ったそう
これが私には人事ではなく
実は今実家は犬山市
友達も沢山おり、息子は犬山の幼稚園に通っていました
息子が六年生ならばテストは受けていないでしょう
そこで思うこと。
私個人の考えとしてはテストは受けさせてみたいと思いました
ランクをつけられるのは競争心をあおり比べたりするのは
子供にとって良くないという考え方があるのも確かです
でも、現実いかがでしょうか
徒競走の着順をつけることが子供の成長に著しく影響し
成長が妨げられる・・などということ
子供の成長に著しく影響し
それは、出来るから良い、出来ないからよくないと言う事を
大人が言うからなのではないでしょうか
人には必ず取り柄があると思います
そこを、どう発見しどう伸ばしていくように
人間の先輩としてサポートしてあげられないか
社会に出ていやでも現実は、自分の実力を目の当たりにします
そのとき、どう立ち直るか、また違う方法を発見できるのか、
そのすべを自分で出来るのか
今は、子供の突き当たる壁という壁に大人が介入しそれを取り払った上で
子供に住みよいだろうと
提供をしたがります、それは良かれと思う親心だと思います
でもそれは、やがて年を経て大人になったそのときに
大人なんだからもうなんでも自分で出来るだろうと
手をいきなり離された子供のほうが大変です
私の経験にこんな事がありました
私は息子を産んで二週間で仕事に復帰しました
それは殆ど焦りのようなものでしたが
それでも現場に戻りたいの一心でした
周りの反応はさまざまでした
そこであるお母さんに言われた一言をとても覚えています。
「何で働きに出れるのか判らない、こんなに可愛い子を置いて、
私は到底出来ない、お子さんが可哀想」と
先ず、可哀想か、でないか、それを大人が決めてしまうこと
これはすごく子供たちの価値観を決めてしまいます
大人が思うより子供は大人の反応を見ています
そしてまして、親ともなれば、大きく影響します
又家族を取り囲む大人の反応も
子供たちは良く見ているし聞いているんです
そのお母さんがそれならばそれでいいんです、それを選ぶのは
お母さん自身なんですから・・その後に続く言葉に私は疑問を覚えました
「息子が三歳になったら働きに行くわ」と
この三歳って何でしょう
三歳は母親が働きに行くことを理解できる年なのでしょうか
三歳まで毎日いたママが急にもう大丈夫でしょうという
これは、親が勝手に思う大丈夫なのではないでしょうか
下の子が出来たからお兄ちゃん、お姉ちゃんなんだから出来るでしょうって
急に言われて赤ちゃんがえりするちびっ子の気持ち、
そのうちちゃんと上の子になっていくのだけども時間はかかるんです
子供には子供の言い分があります
手を焼くことも愛ですが
たとえ母がいなくとも力強く生き抜ける力を自分で会得する機会を
与えることも愛です
「自分は、わが子より長生きできると思いますか」
私はよく思うんです
すごく綺麗に聞こえるかもしれませんが、
親が安心して残していける息子に育ってほしい
愛する人をきちっと守り
自らが努力することを惜しまない子に
そのためには親だけが一番正しいのではなくいろいろな意見が聞ける耳、
思いやり、学ぶべきことは世の中に沢山あるんです
子供の記憶力と学習能力に驚くことはありませんか
改めていい子ってなんでしょう、いい事って何でしょうか
それは私たち大人が強いているいい子なのかもしれません
せめて子供に選択肢があれば今回のテストもやりたいかやりたくないかは
市町村より
子供たち本人に選択肢が一つあっても良かったのではないかと思います
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